« 映画「ナショナル・トレジゃー」でアドベンチャー | トップページ | 映画『ナイト・ミュージアム」で楽しまナイト »

2007年3月20日 (火)

地下鉄サリンを「Underground」で考える

アンダーグラウンド

12人の死者と5千人を超える重軽症者を出したオウム真理教の地下鉄サリン事件から今日で12年の月日が経ちました。村上春樹の「アンダーグラウンド」を読み、その続編に当たる「約束された場所で―underground 2」を読みました。

事件当日に日本にいなかったため、その実態を知ることもなく、この本に出遭い、マスコミとは違う心身の痛みを感じるような感覚を持ちました。

約束された場所で―underground 2

今日も地下鉄に乗り、何事も無かったように一日を終えようとしています。地下鉄の駅に貼ってある、捕まっていないオウム教の3人の指名手配ポスターは12年前と変わらずそこにあり続けます。容疑者の年齢だけが新しく貼りかえられているのが妙に生々しかったりします。

「約束された場所で」の最後にある―『アンダーグランド』をめぐって―は河合隼雄氏と村上春樹氏の対談です。今の日本社会を言い当てた、示唆に富んだものです。数多くの絶望に悲観的になるのではなく、その中に逆に希望のようなものを感じていく手応えを見出せるのです。

12年前のあの日ずっとニュースになった事件が、今日という日にテレビではあまり取り上げられることもなく、通り過ぎていくのを不思議に思いながらこれを書いています。

今日の言葉

    Tokyo subway sarin gas attack scared a lot of commuters in Japan.

    (東京都内の地下鉄でサリンガス事件は日本のたくさんの通勤者を震え上がらせた。)

|

« 映画「ナショナル・トレジゃー」でアドベンチャー | トップページ | 映画『ナイト・ミュージアム」で楽しまナイト »

ニュース」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
地下鉄サリン事件の起こった1995年は忘れられない年です。1月17日には神戸ががれきの山となり、3月20日(この日は娘の卒園式でした)は地下鉄サリン事件。あのときテレビで見た映像の衝撃と恐怖心は忘れられません。
恐ろしすぎてそのことを考えないようにしてきた自分もいます。その年の夏にシカゴ行きが決まってほっとした自分もいます。
今でも恐怖心と絶望感からどのように立ち直るべきなのかその術がまったくわからないという自分がいます。
圧倒的な破壊の前に個人は無力でとても弱い。でも何に頼ったら良いのか、そのときの受け皿が何もないように見えることへの恐怖なのかもしれません。
ある日、突然唐突に平和な社会から切り離される恐怖というものが潜在的にあります。
村上春樹の「アンダーグラウンド」も途中何度も読めなくなってしまい読み終わるまでにずいぶんと時間がかかってしまいました。
でも私もそのとき、あの分厚い本を読んで、絶望の中にも光があるような気がした、そんな感覚を覚えています。
どうしてそう思ったのか忘れてしまいましたが、そんなことを友達に話したような気がします。
「約束の場所で」も読んでみたいと思います。

投稿: クーネルシネマ | 2007年3月23日 (金) 07時28分

クーネルシネマさん、お久しぶりです。今日は苦めのコーヒー記事って感じで書いてみました。
クーネルシネマさんがおっしゃるように、あの日は日本人にはきっと9・11に匹敵するインパクトを持つ日だと思います。地震とオウム、日本が震撼した冬でした。
「アンダーグラウンド」より評判にはなっていませんが「約束の場所」はオウム信者の声を聴いたもので、私にはすごく意外なものでした。この声から信者の多くがオウムから中々抜け出せないでいるわけが少しだけわかるような気がします。今の世の中、「悪」を抱えて生きれないピュアな人がとんでもない穴に落ちてしまう怖さがあります。その純粋さが宗教でより純粋培養されて何か圧倒的な暴力に変わってしまうことが迫ってくるようです。
それを端的に指摘している河合さんと村上さんの対談はすごいですよ。

投稿: コニコ | 2007年3月24日 (土) 15時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/114487/5758417

この記事へのトラックバック一覧です: 地下鉄サリンを「Underground」で考える:

« 映画「ナショナル・トレジゃー」でアドベンチャー | トップページ | 映画『ナイト・ミュージアム」で楽しまナイト »