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2007年6月21日 (木)

「街場のアメリカ論」は腐っていません

街場のアメリカ論    NTT出版ライブラリーレゾナント017 街場のアメリカ論 NTT出版ライブラリーレゾナント017

著者:内田 樹

先日「パパママクレイマー」(モンスター親)について書いた後、この本を読み終えて、「ウォ~」と唸ってしまいました。

この本が出版されて2年。最終章第11章「涙の訴訟社会―裁判の話」は、既に今の日本の教育現場の状況をズバリ言い当てています。

ちょっと長くなりますが、「これって理不尽なクレームを学校にする今の親のこと!?」と思う一節を引用します。

 身に起きるさまざまのトラブルについて、「これはもしかして、自分が招いた禍では…」と自らの責任について反省するより前に、まず「加害者」を探し出し、賠償請求を行うという他責的なマナーがむしろ「政治的に正しい」作法であるとみなされている社会では、市民に「トラブルを事前に回避するための社会的能力」を育てるという動機付けが失われます。(中略)(254ページ)

 先日、大学教育についての学会で、ある私学の教務担当職員が、これから大学には「法務関係」の専門家が必要になるだろうと予言していました。理由は「学生の保護者から大学への訴訟」の対応するため。訴訟に至らないまでも、大学にクレームをつけてくる親の数は年々急増しています。これは大学人としての言い分ですが、それほどに大学の教育サービスの質が落ちたとは思いません。むしろ、トラブルが起きたときに、自分の責任はとりあえずなかったことにして、声高に「責任者出てこい!」と怒鳴る他責的な人々が急増しているという印象を私は持っています。それはべつに日本人が怒りっぽくなったとか、幼児的になったという単純な事実ではなく、そのようにふるまうことこそ「政治的に正しい」のであるというゆがんだ思想がしだいに私たちの社会にも浸透してきたことの効果ではないかと思われるのです。(強調はコニコ―256ページ)

今の状況は大学だけではなく、小中学校や幼稚園にクレームをつける親たちに対処するために弁護士を配するというもの。考え方がゆがんでいても、みんながゆがんできていればゆがんでいるとは思わなくなるという現象が起きてきているのでしょう。あるお母さんがテレビで「文句ばかり言うのもいやなんですが、なんだか今の世の中、言った者勝ちみたいなところがあるでしょ。」と言っていたのが印象的でした。

本来、日本の社会は訴訟に対していい意味で後進国でしたが、アメリカ的『まず「加害者」を探し出し、賠償請求を行うという他責的なマナーがむしろ「政治的に正しい」作法であるとみなされている社会』にだんだんとなってきていませんか。

「訴えてやる」他責的マナー、ちょっと行き過ぎになってきている気がします。

内田先生があとがきで書かれている「腐る文章」について―コニコの断言。この本は決して腐っていません。

今日の言葉

I spilled McDonald coffe on my knees. VS. McDonald coffe was spilt on my knees.

(私がひざにマックコーヒーをこぼした。対 マックコーヒーがひざにこぼれた。)

マクドナルドのコーヒーで火傷をした人は、自分がコーヒーをこぼしたのではなく、コーヒーが熱いのを知らないでひざ挟んでコーヒーがこぼれたので、「私には責任がなく、マクドナルドを訴えた」のでしょうね。能動態と受動態の使い方がよくわかります。

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