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2007年7月29日 (日)

世界は村上春樹をどう読むか

世界は村上春樹をどう読むか 世界は村上春樹をどう読むか

著者:国際交流基金
販売元:文藝春秋

今日は久しぶりに村上春樹がらみの本の紹介です。

去年の冬に村上春樹のシンポジウンムとワークショップがあると聞き、抽選で聴講できるということで勇んで申し込みをしたのを思い出します。

東大・駒場を会場にして2日間の催しは大盛況だったようです。そう、つまり私は抽選に外れてしまったわけですが。

でも1年ちょっとの時差はありますが、その時の熱気を感じさせてくれる本が「世界は村上春樹をどう読むか」でした。(国際交流基金のリンクサイトには参加者のカラー写真と解説も掲載されていて興味深いです)

ハルキ・ムラカミの翻訳者や批評家、17カ国23人がハルキのことを話したくて話したくて熱っぽく語る、ハルキ・ファンには必読(かなり独断…でもない?!)の書です。

始めに四方田犬彦さんが

「村上作品の受容を通して鏡のように見えてくるであろう各国の文化や社会のパラダイム、文学観などにも大きな興味を持っています。」

と仰っているのにわたしも同じ思いがしました。そして、今現在世界で読まれている、ハルキ・ムラカミという人気のある作家の本が、異文化の中で全く違うふうに解釈されたり、または違う社会システムの中で共有できる意識が見えてきたり―そんなダイナミズムがこの本には溢れていました。

1章 基調講演は「ハルキ・ムラカミ―広域分散―自己鏡像化―地下世界―ニューロサイエンス流―魂シャアリング・ピクチャーシャー」と題してリチャード・パワーズがお話をしています。

村上小説の特徴である2つの絡み合う光と影のような世界をミラー・ニューロンというキーワードを使って説明していく切り口がとても興味深いものでした。

3章 沼野充義さんが司会をした「翻訳本の表紙カバーを比べてみると」がまた楽しいです。この本自体の表紙もハルキ・ムラカミの翻訳本の表紙をぐるりと並べて巻いている形をとっていて、モザイクのような面白さがあります。それぞれの国の日本イメージやハルキ・ムラカミの浸透度具合によってまるで別物の表紙を織り成しているのが不思議であり、興味の尽きないところです。

5章 「ワークショップ」―1翻訳の現場から―は、実際に村上春樹の超短編「スパナ」と「夜のくもざる」をさまざまな国の翻訳者たちが訳してみるという実験をしています。柴田元幸先生と沼野充義さんが司会をされて、翻訳者の生の苦労や工夫を引き出していてとても刺激的でした。

特に日本語の擬音語・擬態語の翻訳をいかに考えていくかも、言語の違いや、それぞれの翻訳者の感性で違ってきて、「なるほど」と思えました。例えばスパナで叩いた音が「グシャ」という場合も中国語ではその擬音語にかなり自由度があるとか、ノルウェー語にはほとんど擬音語がないので自分で作るとか。

このシンポジウムが終わった後、ハルキ翻訳者たちは気分転換に山中湖合宿に行ったことが書いてあったが、それもさぞ楽しいものだったことでしょう。

堅苦しい学会とは全く異なる熱気に溢れた奇跡の軌跡をみせられたような本でした。

今日の言葉

A Wild Haruki Chase 

これは「世界は村上春樹をどう読むか」の副題です。このタイトルにはヒネリがあって、「羊をめぐる冒険」の英訳からきています。→A Wild Sheep Chase→コレ自体も英語の慣用句wild-goose chaseからきているそうです。その意味は「雲をつかむような[あてのない]追求」です。

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