映画「ミリキタニの猫」
はじめの興味はタイトルのユニークさ。ミリキタニは「三力谷」のことだったんです。久々に観たドキュメンタリー映画― 「ミリキタニの猫」
ドキュメンタリー映画が持つあるがままの力強さをあらためて感じました。この映画には、そのあるがままの中に毎日の日常があり、人間の強さや弱さ、悲しみや楽しみ、怒りと喜びを写し撮っていました。監督、リンダ・ハッテンドーの視点は決してミリキタリおじいさんを第三者的で見るのではなく、包み込むようで・・・
カメラはニューヨークの路上で寒そうに絵を描くミリキタリおじいさんをとらえます。時は2001年。自らを”巨匠―grand master”と名乗るおじいさん、やけに威勢がいいです。リンダ監督も、始めはそんな彼を猫の絵を描く芸術家肌のホームレスという程度だと思ったのかもしれません。カメラを回すリンダ監督の関わりも声だけでした。(わたしの場合、見ず知らずのホームレスに声をかけるのもなんだか怖くてできません。)
そしてあの9.11事件がおこります。ツイン・タワーの燃えさかる中、「そんなの関係ない」というように絵を描くミリキタニおじいさんにリンダは「わたしの家にいきましょう。」と声をかけます。ニューヨークに起きたあの事件がリンダの中に変化をもたらし・・・
それから2人の日常が始まります。ご飯が冷めていると怒り出したり、リンダの帰りが遅いと心配するミリキタニおじいさん。”So worried. Worried."とブロークンな英語で気持ちを懸命に伝えるおじいさんにリンダも本気で彼と関わっていきます。
ひたすら絵を描く彼の今と、これまでが絵を通してゆっくりと表れてきます。生まれはアメリカのカリフォルニア、市民権もありました。でも家の都合で広島に行き、子ども時代を過ごします―広島の原爆の真っ赤な絵。再びアメリカにわたった時は第2次世界大戦下。アメリカ人であるミリキタニは日系というだけでツールレイク強制収容所に入れられ、市民権もパスポートも失います―砂漠の荒涼とした強制収容所。それから転々としニューヨークの路上で暮らしていた今にいたります―クリクリとした目を持つ猫たち。
そしてリンダが探し出した過去からの手紙や情報でミリキタニおじいさんの今が変わっていきます。彼にはアメリカ政府から年金も出るようになり、高齢者住宅ももらえることになります。なんとも嬉しそうな顔で、人に絵を教えるという仕事もすることになりました。そして何よりずっと音信不通となっていた実のお姉さんが生きていたのです。
感想を書くより、ついドキュメントそのものにわたしの気持ちが沿ってしまいました。ミリキタニおじいさんの反骨精神も大したものだし、リンダの9.11以降の内面の変化も凄いものです。
ミリキタニおじいさんとリンダのツーショット、笑顔と真面目な顔は二人の絆を強く感じさせてくれました。
今日の言葉 camp
Tule Lake Internment Camp (ツールレイク強制収容所―アメリカに10つあった日系収容所で最大)
Auschwitz Concentration Camp (アウシュヴィッツ強制収容所―世界遺産)
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コメント
コニコさん、今回のテンプレートもかわいい!
「お縫い子テルミー」の装丁のようです。ステキ☆
「ミリキタニの猫」のTBありがとうございます。
アメリカ人にしっかりと根付いている互助精神は今の日本の社会に欠けているものですよね。
パンフレットもなかなか興味深いものでした。
近い将来、日本でもミリキタニさんの個展も開かれることでしょう。そのときは、またご一緒しましょーね☆
投稿: クーネルシネマ | 2007年11月 1日 (木) 14時18分
クーネルシネマさん、いらっしゃい♪11月はパッチワークで多様性をアレンジしてみました、なんて大そうなことではありませんが。なんだかこれが温かい気がして選んでみました。気に入ってもらえて嬉しいです。
仰る通り、ミリキタニさんの個展、開かれるような気がしますね。あの目のクリクリとした猫たちを生で見れれば楽しいと思います。是非ご一緒させてください。
投稿: コニコ | 2007年11月 2日 (金) 07時52分
TBありがとうございました。
2年前のドキュメンタリー映画祭のときに見逃したもんで、見たいと思っていたのですが、上映する会の方々のおかげで、見ることが出来ました。
映画は、人との出会いの妙が大きく人生を変えることがあるんだ!と痛感しました。
さて、上映のとき、プロデューサーの吉川マサさんがいらして、近況を教えてくれたのですが、又聞きですが、お知らせしますね。
現在、ミリキタニさんは89歳で、お元気だそうです。絵も旺盛に描いてるとか。
でも、大作は書けないので、コラージュみたいなもんを描いてるそうです。
で、上映の6月15日は、ミリキタニさんの誕生日で、オープンハウスみたいになって、一日中、いろんな人が入れ替わり立ち代り。
当然マサさんも、毎年、お邪魔するそうなのですが、今年は山形に来てて、いけなかったとか。
あの施設は、無償で入れる枠に当たったのもあって、ある程度の収入があると、出なくてはいけないとか。
なので、絵とかは、あげてるとか。でも、画集とかが売れたら、その収入はどこへ?
ま、そんなことはそっちにおいて、映画が公開されて、存在も取り上げられ、親戚もわかったり、いろんな人との交流が、彼をとっても柔和にしていった・・との様子です。
リンダさんとの関係はわかりませんが、彼女は現在の彼の様子を満足して見守っているのではないでしょうか。
などと、想像します。
投稿: sakurai | 2009年7月 7日 (火) 16時14分
すいません。二つ行っちゃった。
ひとつ消してください。
投稿: sakurai | 2009年7月 7日 (火) 16時14分
sakuraiさん、そうですか。映画のプロデューサーの方とお会いして「その後」の話が出たのですね。ミリキタリおじいちゃん、お元気で何よりです。やっぱりアメリカにいらっしゃるのですね。絵を描き続けているとお聞きして本当にこちらも嬉しくなります。ドキュメンタリーの映画を観ると「その後、あの人たちはどうなったんだろう?」と毎回思ってしまいます。今回、sakuraiさんが「その後」を伝えてくださって、これも人との縁だなって思えてありがたいです
投稿: コニコ | 2009年7月 7日 (火) 21時43分
はじめまして。山形では自主上映って形だったのですが、その上映委員をやってた者です。
sakuraiさんが書いてくれてますけど映画のプロデューサーのマサさんをお迎えしての上映でした。
この映画の撮影からもう9年もたってますけど、今でもリンダさんは月一くらいでミリキタニさんに会いに行ってるそうですよ。もはや本当の家族みたいになってるそうです。
映画のおかげで、その後も数人ミリキタニ一族が見つかったりしてたそうで、ほんの偶然の出会いが人を大きく動かしていくって、ホント不思議ですね。
投稿: GMN | 2009年7月 9日 (木) 21時53分
GMNさん、丁寧なコメントをどうもありがとうございました。撮影から9年も経っているのですか。仰るとおり、人間の出逢いとはつくづく不思議なものだと思います。こうしてコメントを書いていただけたのも「ミリキタリの猫」をご覧になったsakuraiさんを通してGMNさんに出逢えたからということですから。
自主映画を上映するというのは大変なことと思います。人と人とをつなぐということでは、この映画の製作にも劣らず素晴らしいことと感じています。こうしたご縁が拡がることを祈っています。
投稿: コニコ | 2009年7月10日 (金) 07時14分