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2008年6月24日 (火)

「三四郎」

三四郎 (新潮文庫)

カナダで初版「赤毛のアン」が出版されて今年で100年、というのは拙ブログでも何回も書きました。その頃ニューヨークでは女性たちが参政権を求めてデモをしたとか。世界はいろいろ動いていました。

日本では「三四郎 (新潮文庫)」(夏目 漱石著)が100年前、1908年に書かれました。ご存知でしたか?実はわたくし、昨日知りました。明治維新が1868年、そして日露戦争が1905年に終わり日本が世界の列強に追いつき追い越せの時代。

そんな世情で書かれたこの本は夏目漱石の「それから」「門」と続く3部作の第1篇にあたるそうです。

九州から勉学のために東京にやってきた「三四郎」の学生生活を描いた話し。熟年になって初めて読むというのも気恥ずかしいですが…。実は経済成長期の青春ドラマのような溌剌としたユーモアに富んだお話かと思っていました。

不思議な話です。何という大事件が起こるのでもなし、三四郎の淡い恋がなんとなく失恋に終わってしまうというのがあらすじといえばあらすじです。

でも嫌いではないですね、こういううだうだしているストーリー。第一に三四郎と関わる人々が面白いです。のっけから三四郎は翻弄されっぱなし。上京する電車に乗り合わせた女から「あなたは余っ程度胸のない方ですね」などと言われ、一目ぼれした美禰子から「stray sheep(迷える子)」と呟かれます。三四郎が美禰子との出会いに感じた時の第一声が「矛盾だ」というのもわからないようで妙に腑に落ちることばです。

その他、広田先生と野々宮さん、与次郎という面々が登場。特に広田先生がよろしいです。ここでも三四郎と広田先生の出会いの会話が絶品です。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より…」で一寸切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。

「日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。「囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」

この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出た様な心持がした。同時に熊本に居た時の自分は非常に卑怯であったと悟った。(本文21ページ)

今の時代だと熊本が日本に当たり、東京は世界に当たるのでしょう。鷹揚な中に鋭い批判精神を持つ広田先生のような人が現代にも求められている気がしました。

”三四郎、悩んで大きく育って頂戴ね。美禰子より”ってことにして、今日はこれにて。

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