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2008年11月30日 (日)

原書「Bartleby the Scrivener」をふたたび考える

200pxherman_melville_1860 Ah, Bartleby!Ah Humanity!(ああ、バートルビー!ああ、人間!)

メルヴィルの短篇「Bartleby」の最後の文。書写人、バートルビーが、言われたことに対して理不尽にわけもわからなく拒否し続けて死んでいった後、語り手が自分なりのバートルビーの不幸の理由をみつけて嘆くところだ。

今日は、10月末に読了した「バートルビー」を再び取り上げ考察します。

この「バートルビー」という話は、一見バートルビーの話のように思えるが、何回か読むうちにわたしには実は語り手の話に聞こえてきた。バートルビーは、なぜ語り手が頼んだことに対して、このごとく"I prefer not to"と拒否するのか、まずは誰でも考えることだ。語り手と一緒になって読み手も”おかしい、変な奴”と思う。そのうち、語り手のバートルビーに対する思いが、激しい揺れを表し始める。fear、resentment、pityなどがないまぜになり、必死で納得できる理由を探そうとしている。

作者がイタリックで書いた一文、he was always there-first in the morning, continually through the day, and the last at night.この文は印象的である。バートルビーは自らすべてを拒否したわけではないのだろう。ただそこにいただけ。語り手が何かを頼むから「そうしない方が好ましいのです。」と答えたわけで、語り手が、バートルビーの”存在という謎”を突きつけられてたじろぐ姿が今度は読み手にも跳ね返ってくる。偉そうなことは私も言えない。語り手と同じで、”変な奴”の面倒をとことんみることはできないだろう。語り手は、中途半端な情けで、弁当屋を頼んでバートルビーに元気になってもらおうと働きかける。やがてバートルビーは食べるのも拒否し、死んでいく。

バートルビーは、”生きるのがいやになったのだろう”という人もいるだろう。でも、そこには”拒否する存在、そこにいるだけの存在”でただあり続けることの不条理があった。バートルビーの生きたいとか死にたいとかの欲望は感じられない。そして、それをどうしてもゆるさない、何か理由付けをしなければいられない語り手がいた。この執拗なまでの過剰な意味の問い方も逆の意味で不条理だろう。

最後の部分で、Bartlebyが配達不能な手紙を扱っている事実を知り、語り手は、格好の理由を手に入れたようだ。

Dead letters!  does it not sound like daed men?という語り。語り手はそうした事実によって彼を憐れみ、バートルビーをわかったような気になったのだろうか?バートルビーの死にはもっと深い謎があるような気がする。それが何かと聞かれると黙ってしまうのだが。

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