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2009年1月26日 (月)

「神たちの誤算」

Photo 福岡伸一氏の新刊本「できそこないの男たち」NHKスペシャル「女と男」と、人間の生殖という点にライトをあてたものをレヴューしましたが、今日は主に妊娠に焦点をあてた医療サスペンスの本を取り上げます。

タイトルは「神たちの誤算」(新潮社)。

渡辺由佳里/神たちの誤算

サスペンスなので、全くもって粗くですがあらすじはこんな具合。

主人公の久保田春生(くぼたはるみ)は、アメリカ、ボストンの病院に勤務する産婦人科医。忙殺される仕事に疲れ果て、私生活でもボーイフレンドのリオとしっくりいっていない。アメリカが抱える医療の問題、中絶へのこだわりと、日本の病院が抱える問題に悩みながら、春生はある事件の渦に巻き込まれていき・・・。

プロローグの”姿を現さない怪しい影”に引き込まれ、ページをめくるスピードも速くなります。ここの書体がフツーの明朝でないのもミソ。次に語られるのが春生の仕事場。ここから書体が明朝体に変わります。こちらの話しがメインストリームになりますが、冒頭のサイドストーリーもパラレルで、不意打ちを食らわすように出てきて、ドキドキ・・・はらはら・・・

最後には希望につながるエピローグがあり、春生の生きるエネルギーを感じながら本を閉じることができ、静かな温かさを感じました。

いろいろ考えさせられることがたくさんありましたが、わたしなりにこの本のテーマを一言でいうと「肥大する人間の欲望」でしょうか。胚移植によるクローン技術が進み、人は妊娠という形をとてつもない領域まで拡げて来たように思います。人が人を産むのでなく、人が人を創造するという「神の領域」へと踏み込もうとする時、そこにテクノロジーの進歩よりもっとすさまじい「もっとこうしたい、という人の欲―肥大する人間の欲望」を感じます。その欲望に対して、この本のエンジンになっているのが、「人間が子どもを慈しんで産む」ということだったのでしょう。試練の出産を決意したティナの家族に祝福を。

それから、アメリカの産婦人科医の過労と訴訟も生々しく語られています。この本は2002年に書かれていますが、日本も追いかけるように同じ状況になってきている気がします。ただ、裁判のもって行き方や、判決の傾向は日米に違いがあるようで、とても興味深いものでした。また、出来る限りの処置をした春生が患者から訴えられた時の助言で、そういった裁判の倍審員に選ばれた人が逃げ腰であると語っているのもうなづけました。

「だから、陪審員の選択のときにわざと偏った意見を言ったり、あらゆる手段を駆使して逃れるんですよ。そうなると、残るのはたいてい1日数10ドルの手当てをあてにする無職か専業主婦、老人です。彼らに吻合血管が何本で、羊水の差があったかどうか詳細にわたって説明しても居眠りされるだけです。そんなことより、ショッキングな写真や、子どもを失って泣き崩れる母親のほうがメロドラマ的で心が動きます。医学が発達しても出産とは危険なものです。あなたも私もそれを知っているが、世間は母子ともに健康であたりまえだと思っている。だから産科の裁判では陪審員が原告に有利な判定を下すんです」(186ページ)

日本でもこの春から始まる陪審員制度も、弊害がきっと出てくるでしょう。はたして陪審員制度自体もどう機能するか疑問ですが。

その他、日本人留学生の描き方や詳しい医療用語など、細かいところまで隙のないタッチで書かれて楽しい読書でした。

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コメント

素敵なレビューをありがとうございます。
この本を書いてからずいぶん経ってしまいましたが、今でも読んでくださる方がいらっしゃるとそれだけでうれしいです。
話は変わりますが、村上春樹さん還暦なんですね。昔、「ひとつだけ夢がかなうとしたら」という質問に、「1日だけ村上春樹になって女の子とデートして、どんなことを自分が考えるのか試してみたい」と答えたことがあります。そんなことを思い出してしまいました。

投稿: 渡辺 | 2009年1月27日 (火) 05時38分

渡辺さん、こちらこそコメントをありがとうございます。このところ生命の誕生がらみのことを考えたりしていたので、とてもタイムリーな本でした。主人公の春生という名前も気に入っています。

ところで、ひとつだけ叶うとしたらの答え、面白い!村上春樹になってというところまでは結構あるかな、と思いますが「女の子とデートしてどんなことを考えるか」自分で試すっていうのが、やっぱりものを書く人の視点だと思いました。

ついでですが、先日村上春樹がイスラエル最高の文学賞、エルサレム賞をとったそうです♪

投稿: コニコ | 2009年1月27日 (火) 17時33分

すごいですね。ある編集者の話では、次に日本人がノーベル文学賞を取るとしたら、村上春樹さんということになっているそうです。

投稿: | 2009年1月27日 (火) 18時39分

渡辺さん、「次のノーベル文学賞は村上春樹」という呼び声が高いことはカフカ賞をとった時にもいわれてましたね。噂が現実になる日もそんなに遠くはない気がするのはファンだからかしら?それにしても、噂になるだけでも本当に大したものですね。

投稿: コニコ | 2009年1月28日 (水) 09時41分

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