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2009年1月 4日 (日)

書籍「ぐるりのこと」

ぐるりのこと (新潮文庫)

「西の魔女が死んだ」で梨木香歩さんのファンになり、彼女の本をまた読んでみたくなりました。どれにしようか、本棚から「ぐるりのこと (新潮文庫) 」というタイトルが気になり、手に取りました。

年初めのレヴューはこの本から。

まずは気になったタイトルの「ぐるり」とは?吉見昭一さんという茸にお詳しい方が「自分のぐるりのことにもっと目を向けてほしい」と言われた、その”ぐるりのこと”という言葉に梨木さんが一瞬心奪われたといっています。

自分の今いる場所からこの足で歩いて行く、一歩一歩確かめながら、そういう自分のぐるりのことを書こう、と私はこの連載のタイトルを決めたのだった。(単行本「ぐるりのこと」93ページ)

今いるところから歩んで梨木さんは、やすやすと物理的な境界を越えて彼女の心を捉えるものに向っていきます。ぐるりのことは、イギリスの生垣だったり、アフガニスタンの行きずりの少女だったり、大台ヶ原の鹿であったりします。

この本のキーワードは”境界”。「西の魔女が死んだ」でも、まいのサンクチュアリーに侵入するゲンジのシーンは、物理的な境界というよりもまいの心の境界が問題でした。この本の中でふたたび梨木香歩さんは、ぐるりのことに重ねながら、単なる”向こう側”と”こちら側”という二分法では語れない今の問題、彼女自身の気持ちを深くじっくり考え続けています。

印象的な文章は2章にあたる「境界を行き来する」のこの部分。梨木さんがドーバー海峡の断崖を散策しているところです。

 危ない、もっと後ろに下がって。連れが声をかける。私は下降していったカモメを見ようと、断崖の際へ寄っていたのだった。素直に下がって、さっきの「彼の位置」に戻る。

 そう、例えばここから、自分を開く、訓練。

 私たちの経験してこなかった相手の歴史に対してそしてもしかしたらそれが自分のものになっていたかもしれない可能性に対して、自分を開いていく。

 加藤氏(「ジーンとともに」加藤幸子)の文学的手法を、つまり、他者の視点を、皮膚一枚下の自分の内で同時進行形で起きている世界として、客観的に捉えてゆく感覚を、意識的なわざとして自分のものにする。それは、観念的なものとしてでなく、プラクティカルなものとして。思考されるものとしてでなく、体感されるものとして。(「ぐるりのこと」35ページ)

こころを開いていくというしぐさが、実は自分を開いていくことであり、それは考えて「さあ開かなくちゃ」というものではなく、自分と他者の境界を限りなく低くするような、そんな強さなのだと感じられます。私もつい軽々しく使ってしまう”共感”という言葉も、自分の中に体感されるものとして起こることは、もっと痛みを伴い重いものに違いないのだと思うのです。

時に明快に、時にたゆたう梨木さんの文を一緒になってたどって行くと、そこには懐かしい物語を紡いでいこうとする作家の真摯さが湧き上がってくるのがわかり、今度は彼女の小説を読みたくなるのでした。

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