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2009年1月24日 (土)

「バーデン・バーデンの夏」

バーデン・バーデンの夏 (新潮クレスト・ブックス)

 ずっと読みたかったドストエフスキーへのオマージュの本、「バーデン・バーデンの夏 (新潮クレスト・ブックス)」(レオニード ツィプキン著)を読み終わった。

正直、この特殊な文体に慣れるまで時間がかかっていたのだ。というか集中して読まないと、自分が何を読んでいるか自身で行方不明になってしまうような不思議な気分におそわれた。その最も大きな要因となったのが、句点、行換えのなさ、そしてダッシュ―の多用だ。

訳者、沼野恭子さんの「訳者あとがき」によると

原書で正味170ページ以上ある小説だが、段落はたった11しかなく、句点(。)も極端に少ない。いくつものダッシュ(―)でつながった文が何ページも何ページも続くので、読者は句点に出会うと、果てしない大雪原を息もつかずに歩いてきて雪の中にふと落し物を見つけたような錯覚に陥るかもしれない。(252ページ)

それでも読み終えることができたのは、「語り手」のドストエフスキーへの思いの暖かさを感じられたから。そしてドストエフスキーが夢中になったものへ関心を持たずにはいられなかったせいだ。

「語り手」は、ドストエフスキーの妻であるアンナ・グリゴーリエヴナの日記を手に、ドストエフスキーが最後に住んだ家のあるペテルブルグへと旅をする。「語り手」の語りとアンナが語るドストエフスキーの語りがダッシュの文であいまいにつながっていき、やがてフェージャ(ドストエフスキーの愛称)が読み手の中で一人の人間として動き始める。

ドレスデンでみたラファエロの「サン・シストの聖母」を見ているフェージャ。ドストエフスキーは亡くなる直前にこの絵の複製画をプレゼントされ、彼がそこで亡くなったというソファの上に飾られている。この絵の左側に聖母を見上げている使徒の指は6本。「カラマーゾフの兄弟」のグリゴーリの赤ちゃんを思い出す。

そしてフェージャの果てしないギャンブルへの渇望。それも勝つよりも負けて味わう”心惹きつけられる落下の感覚”(134ページ)を愛していた。大作家のドストエフスキーが世界の名作から抜け出てきて生身の人間としてルーレットの前で青い顔をしている。アンナの結婚指輪まで質に入れ、そこまでやるのかと、あきれ果てる。それでもアンナは見捨てられずフェージャについていく。

やがて再び「語り手」が、いつの間にか登場し、フェージャのユダヤ人嫌いを語り出す。自らがユダヤ人の「語り手」が、根っからのユダヤ人嫌いのフィージャを嫌いになれずいる。知らぬ間にフェージャへのアンナの思いと「語り手」のそれとが重なって、バーデン・バーデンからペテルブルグへと場面が変わる。時はフェージャの死への旅立ちの時。血を吐いてから、亡くなるまでのアンナの切ない気持ちが寄り添うように「語り手」の思いと一緒になりフェージャを看病しているようだった。

巻末に「ドストエフスキーを愛するということ」というスーザン・ソンタグの文が添えてある。この文は、彼女のドストエフスキーへのオマージュであり、この本の作者レオニード・ツィプキンへのオマージュでもある。彼女が実はこの埋もれた名作の発掘者であったのだから。

ドストエフスキーの作品を読んだ後に、この本で彼のたどった視線を追っていくのも大いに興味深いことだった。読み始めは難儀だが、読み甲斐のある本である。

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コメント

こんにちは! 私もこの本、読みたいと思っているんです!
読み進みにくいんですね! 図書館で借りられるみたいなのですが、また時間のあるときの楽しみにとっておきます。しかし、つんどくがいっぱい・・・
この前のオバマ大統領の演説集も実は買いたいんですが、ちっとも勉強しないことがわかってるだけに・・・とほほの毎日です。

投稿: 点子 | 2009年1月25日 (日) 17時37分

点子さん、こんばんは。本としてはそんなに長編ではないのですが、私にはまず最初をクリアすることが大変でした。でも、それから後はあの天才ドストエフスキーが身近に感じられて、癲癇の発作も起こったりで、リアルでした。

わたしも積読がふえて困りもの。もう月末ですし…。
そうそう、オバマ演説集は思いのほか早く読めます。リズムがいいんで、走りながらCDを聴いたりできたりしてscissors

投稿: コニコ | 2009年1月25日 (日) 22時05分

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