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英語のスピーチorインタビューをどう考えるか?

あいまいな日本の私 (岩波新書)

いつも拙ブログに立ち寄ってくださる点子さん。彼女のブログ「点子のブックカフェ」に先日遊びに行き「オルハン・パムク 「父のトランク」・・・「普遍語」と「現地語」のはざまで」というひじょうに触発される記事を読みました。

どんな点に触発されたかというと、トルコ人のオルハン・パムク氏がノーベル文学賞受賞講演を英語でなく、母国語であるトルコ語でされたという点です。彼の、「自分の一部としての母国語」で自分の考えや気持ちを伝えたいという切実で真摯な思いが感じられます。

一方で、日本人の大江健三郎は、受賞講演を英語でされています。その時のものではありませんが、大江健三郎氏が訥々とした英語で話されている様子がYou Tubeにありました→大江健三郎英語インタビュー〈バークレー大学にて)。その英語に四国の訛りを感じさせるような人柄を表すことばでした。ここで、大江氏がオルハン・パムクに比べて切実でないかというと、そんなことはなく、彼も英語を使う切実な動機を持っていたと思います。スピーチと状況は違うメキシコの診療所でのことですが、「あいまいな日本の私」の中で大江氏はこう述べています。

…実際には、必要かつ不十分な言語でいいのではないか?こうした診療所で、医師も患者も、双方ともに、必要なことを切実に話す。それは語学的に不十分なものにちがいありません。しかし、その不十分な言葉で自分を訴えると、思いがけず深い理解が生じることがあるのです。それが言葉のおもしろいところ、ひいては文学のおもしろいところだと私は考えています。(「あいまいな日本の私」216ページ)

そして点子さんも推察されているように、もし村上春樹もノーベル賞をとったらきっと英語でスピーチをされることでしょう。たまたまみつけたカフカ受賞のひじょうにめずらしい村上氏の英語スピーチ→村上春樹のカフカ受賞スピーチを拝見して、外国語だという違和感を全然感じませんでした。

ここで私が言いたいのは、表現の手段として英語か母国語か、どっちがいいか悪いかではなく、両方あり、どちらもあるから、言葉が豊かになるのではないかということです。ともに切実な思いから発せられる言葉が、ある意味、通訳、翻訳によりこぼれ落ちるものを抱えながらも訴えていく力になっていくというです。

点子さんのおかげで10年程前に読んだ「あいまいな日本の私」を本棚から出して再読し始めました。「雪」も読んでみたくなりました。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コニコさんはじめまして。
私も言語というのはどちらが良い悪いではなく、どの言語にも異なる豊かさがあると思います。アメリカに住んでいるので、村上春樹さんの「世界の終わりと。。。」を読んだとき、下巻がなかなか届かないので、しびれをきらせて英語に訳されているものを読み、それからようやく届いた下巻を読んだという経験があります。春樹さんが管理されたということですばらしい訳でしたが、それでもまるで合計4つの世界ができてしまって混乱しました。英語ではすばらしい本なのに、邦訳されたとたんに魅力を失ってしまう本もありますよね。残念です。

投稿: 渡辺 | 2009年1月15日 (木) 18時51分

渡辺さん、こちらこそはじめまして。
「世界の終わりと~」が4つの世界というのはわかるような気がします。日本語と英語の色がやっぱり違うような。それでも村上春樹作品はきっと翻訳もののブレが少ない気がしますが。
貴ブログ、「洋書ファンクラブ」と「洋書ニュース」に遊びに行って・・・圧倒されてしまいました・・・。しばしアメリカに住んでいたことがあるので、懐かしくもあったり。またあらためて拝見しに行きますね。楽しみにしています。「神たちの誤算」も読ませていただこうと思っています。よろしくお願いします。

投稿: コニコ | 2009年1月15日 (木) 21時43分

 コニコさん、こんばんは。
お礼が遅くなりましたが、拙いブログの記事をとりあげて
いただいてありがとうございました。
 言語の問題は私には難しくて、なかなかうまく自分で意見をまとめることができずにいます。
でも、パムクの作品も翻訳があればこそ出会えた作品であり、それも私の場合邦訳にうまく乗れずにあえて英訳で読んだといういきさつがあり、英語を学んでおいてよかった、と痛感したのです。多くの作品が英語に訳されていることの意味についても考えるきっかけになりました。ともかくぜひ「雪」は読んでみて下さいね!

投稿: 点子 | 2009年1月17日 (土) 22時11分

点子さん、コメントをありがとうございました。

パムク氏の母国語で自分の言葉をきちんと伝えたいということで思い出したのが、ライシャワー氏のことでした。日本語があんなに堪能でいらっしゃったのに、きちんとした正式の場では母国語〈英語)で話すようにされていたということです。
それぞれの思いと体験(翻訳をされていたりなど)の違いから、伝え方は一つではない(そして言語もひとつではない)のが面白いしと思えます〈その分、外国語学習に苦労はしますが♪)。

「雪」を読むのが楽しみです。邦訳はトルコ語からの直訳なのでしょうか?もしかしたら、トルコ語→英語→日本語の重訳なのでしょうか?英訳の方もチェックしてみますね。

投稿: コニコ | 2009年1月18日 (日) 17時27分

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» latter [英語の泉]
【意味】 [形] 後者の【発音】 laelig;'t#601;r【例文】 I prefer the latter story to the former. (私は前者のお話より後者の方が好きだ。) [続きを読む]

受信: 2009年1月13日 (火) 23時30分

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