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2009年2月10日 (火)

「ネオ・ファウスト」

ネオ・ファウスト  /手塚治虫/著 [本]

昨日は手塚治虫さんの命日ということを書きましたが、お亡くなりになった年は1989年です。没後20年にもなるんですね。今年、成人する若者は手塚治虫が生きた時代を知らない世代になるなんて、ちょっとビックリします。

今日のレビューはお約束通り「ネオ・ファウスト /手塚治虫/著 [本]」 です。

この漫画を読んだ理由は2つ。「カラマーゾフの兄弟」の読書会の次の古典にゲーテの「ファウスト」はどうかと考えて、本丸に入る前に漫画でストーリーを追ってみようと思ったから(以前に、絵本「ファウスト」も読み、いいかげん原作を読もうと思っているのですが~…)。もうひとつの理由は、先日の手塚さんのTVを拝見して久しぶりに彼の漫画を読みたくなったからです。本当、子どもの時だけでなく、多感な頃も「火の鳥」は、ある種わたしのメンターだった時もあったし。

ともかく、本題に。手塚さんは、実は生涯「ファウスト」フリークだったそうで、若い頃に描き下ろしで「ファウスト」を出し、中年になって翻案時代物「百物語」を、そして60歳になってこの「ネオ・ファウスト」を連載中にお亡くなりになったという経緯があります。まさに手塚さんにとって畢生の大作といえます。

その連載は第一部の悲劇を完結させ、第二部のはじめの部分で終わっているのですが、最後のかすんだ下書きが残され、なんとも病の床でも描き続ける執念のようなものが伝わってきて切なくなります。

このお話は、1970年東京に近いベッドタウンを舞台に始まります。浮世離れした一ノ関教授が悪魔メフィスト(ゲーテの原作とは違い女性)と契約を交わし、坂根第一(ファウストのもじり)という若々しい美しい肉体を手に入れる過程とその後をたどっています。第一は、一ノ関の天才的頭脳を譲り受け、悪魔を味方にして神になろうとします。こんな第一と悪魔メフィストの会話が印象的。

メフィスト:先生が満足なさるまであたしお仕えするのです。

第一:お前はいつもそんな謎めいたことを言っておれを惑わす。満足だと。おれの満足を言ってやろうか。おれは生命をこの手に握りたいんだ。つまり造物主になりたいのさ!おれはおやじがガンで死ぬほかないと聞いて生命一つままならぬ人間に憐憫を催したさ。おれが自分の手で生命を作り出したり自由に操れたりするとどんなにすばらしいだろうと考えた。それもこの世にない新しい生命体だ。それが想像できればおれはそいつらを神のように操るのだ。

メフィスト:神になりたいなんて大きな夢を持ったものね。

第一:まったく不可能というわけでもないぜ。

メフィスト:むしろそれは神じゃなく悪魔の領分ですけど。(147~148ページ)

続いて出てくるクローン人間の考え―1996年にクローン羊ドリーが話題になって以来、神の領域ではないかという議論を醸し出している人間のクローン問題が20年前に生々しく取り上げられています。まさに現代の問題が語られていてその先見性に驚きます。

また、第一部の最後でも一ノ関教授と対する第一が興味深い会話をしています。

第一:伺っていいですか。先生は神の存在は信じておられるのでしょう?

一ノ関:神…?わしはな、この宇宙を造った造物主の存在は信じないこともないが…。君は悪魔を信じるかね、坂根君。え、どうなんだね。

第一:はい。しかし、そもそも神とか悪魔とかいう言葉が悪いんでして…プラスとマイナスにはたらく相対的な霊的存在だと思えばいいのです。悪魔を邪悪なものと決めつけるのは中世期の偏執狂的な宗教家どものせいで…私は悪魔がそんなに邪悪なものだとは思いません。

一ノ関:ほう、面白いことを言うな。

第一:シェイクスピアもマクベスの中で言っています「いいは悪い、悪いはいい。」ある意味では悪魔も人間の味方かもしれません。(366~367ページ)

白黒はっきりできないものがあるというものは、手塚さんの中には深く流れる思想なのではないかと思います。だから、仏様のお話を描き、悪魔の話を描き、ブラックジャックを描きというふうに。

その他、考えさせられるところ満載、そしてユーモアもあって彼の天才ぶりを堪能させていただきました。この本の最後にある長谷川つとむ氏の「解説」は、手塚さんへの追悼文になっています。と同時に、手塚さんが迷っていた主人公の”救済”のことなど、手塚さんの「ファウスト」にかける情熱を知る文章でした。

原作者のゲーテは、20代で第一部を草稿し、80歳を過ぎて第二部を完成させています。手塚さんもどんなにか長生きをして第二部を完結させたかったことでしょう。寝る暇も惜しんで漫画を描き続けた手塚さんも、ファウストのように「あと20、30年の寿命があれば」と思ったかもしれません。彼の第二部の構想を完成させるのに彼の肉体が追いつくことが出来なかったのですね、きっと。

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コメント


はじめまして。

先日ようやくこの本を買った者です。

とにかく女メフィストに強烈に惹かれました。

あともう一人は坂根第造。

第一に与えた影響の大きさからしてもまさに「おやじ」に相応しい一代の人物で。

投稿: 陣 | 2010年4月11日 (日) 23時51分

陣さん、こちらこそはじめまして。
手塚ファウストの“みそ”は、メフィストを女性にしてところですね。「百物語」もお読みになりましたか?

そうそう、陣さんが注目の坂根第造もガンで亡くなっていますが、それを描いていた手塚治虫もこの「ネオ・ファウスト」を連載中、ガンに侵されていたんですよね。なんだか、つらい…。

投稿: コニコ | 2010年4月12日 (月) 14時31分

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