« 苺の同窓会 | トップページ | 映画「闇の子供たち」 »

2009年4月17日 (金)

「グレート・ギャツビー」読書会(6)

先月からの続きです。ギャツビー邸のパーティーが佳境に入る最中、ニックが見つけたどこかで見た人が実はホストのギャツビーだとわかったところから。

この時のギャツビーの印象を説明するのにニックが使った言葉は"one of those rare smile"。

It was one of those rare smiles with a quality of eternal reassurance in it, that you may come across four or five times in life.  It faced―or seemed to face―the whole external world for an instant, and then concerntrated on you with an irresistible prejudice in your favor.

(まったくのところそれは、人に永劫の安堵を与えかねないほどの、類い稀な微笑みだった。そんな微笑には一生のあいだに、せいぜい四度か五度くらいしかお目にかかれないはずだ。その微笑みは一瞬、外に広がる世界の全景とじかに向かい合う。あるいは向かい合ったかのように見える。それからぱっと相手一人に集中する。たとえ何があろうと、私はあなたの側につかないわけにはいかないのですよ、とでもいうみたいに。(「グレート・ギャツビー」村上春樹訳 79ページ)

一体その微笑とは、どんな微笑みだったのでしょう。ニックが感じたように”永劫の安堵”というもの―絶対的な信頼を寄せられる微笑―に出会ってみたいものです。しかし、そのすぐ後にニックは、ギャツビーの"elegant young rogh-neck"(エレガントだがどこかに粗暴さのうかがえる一人の若い男)を嗅ぎつくのです。ギャツビーには、一瞬にして人を信用でさせる魅力がありますが、どこか、ふと上滑りする危うさを漂わせてもいるのが、絶妙に描かれています。

丁寧に読み込んでいくと、そこかしこにギャツビーのボロというか、人を惹きつける魅力の影に隠れた過度のぎこちなさ、粗野さを嗅ぎ取ることができます。そんなマイナス・オーラが、「彼は人を殺したことがある」というゴシップをうんだのでしょう。ここら辺もフィッツジェラルドのうまいところです。

やがてパーティもお開きに近づき、ゲストたちは酩酊しながら、またけんかや騒がしい事故を起こしながら帰っていきます。その中で余韻を残すのがジョーダン・ベーカー。ギャツビーに呼ばれてなにやら極秘の話をされた様子です。”すごい話”とは何だったのか。

ニックが家路に着く時にみたギャツビーの姿は、彼を始めてみた時と全く同じ、静けさの中にたったひとりたたずむ孤高の姿でした。お祭り騒ぎの派手なパーティの後だからこそ余計にその静けさと孤独さが際立ち、ギャツビーの姿は、一枚の絵のように読者のこころに刻まれるのでしょう。

物語が進むにつれ、同じようなシーンがバリエーションで繰り返し出てくることに気がつきました。この静かな夜のギャツビーの姿もその一つだと思います。

今回、第3章の最後までいけませんでしたが、次回はジョーダン・ベーカーの話と第4章のはじめの方を読みます。

|

« 苺の同窓会 | トップページ | 映画「闇の子供たち」 »

原書でキャンペーン」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

英米文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/114487/29153665

この記事へのトラックバック一覧です: 「グレート・ギャツビー」読書会(6):

» ノルウェイの森 映画 [ノルウェイの森 映画]
ノルウェイの森の映画化が決定しました。 ノルウェイの森はノーベル賞が有力視されている村上春樹氏のベストセラー小説です。 ノルウェイの森のキャストや主題歌はどうなるのでしょうか。映画であらすじ・ストーリーは変化するのでしょうか。 [続きを読む]

受信: 2009年5月16日 (土) 22時06分

« 苺の同窓会 | トップページ | 映画「闇の子供たち」 »