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2009年6月28日 (日)

書籍「潜水服は蝶の夢を見る」

潜水服は蝶の夢を見る

 ほぼ1年前に観た映画「潜水服は蝶の夢を見る」は、長く深くこころに残っている。原作をいつか読みたいと思っていたが、やっとその「潜水服は蝶の夢を見る」(ジャン=ドミニック ボービー著、講談社)を読んだ。

エスプリの効いた粋なことばが、蝶のように自由に羽を羽ばたかせて活き活きと飛んでいる。

ロックイン・シンドロームという病に倒れたジャン=ドミニック・ボービーは世界的に有名なファッション誌「ELLE」の名編集長だった。

このロックイン・シンドロームというひじょうに稀な病気は、意識や知力がそのままであるのに、体が完全に麻痺してしまうというものだそうだ。ジャンが世界とつながっているのは左の目だけ―自分で動かすことの出来るのは左のまぶただけ。この閉じ込められた肉体を彼は重たい潜水服に例えている。彼がその潜水服の重みで、誰もいない暗い海に沈んでいく妄想は、井伏鱒二の「山椒魚」を思わせる。閉じ込められた出口のない孤独な個。しかし、ジャンには彼のまぶたの瞬きに気づく人がいた。たとえ肉体が潜水服のように重く逃れられないものだとしても、蝶になって自分の空想や記憶の世界に飛んでいくことができ、世界とつながることができるようになる。

そこには、ことばの力、書く喜び、詩のエネルギーがあふれていた。彼は、彼自身を含めた人間というものを鋭く見つめてことばにしている。瞬きの数だけことばは力を秘めていくようだ。

「アルファベット」の章は、大きなプールに一滴一滴水をためるような膨大な時間とエネルギーがいる、独自の「書き取り方」を説明しているところ。フランス語のアルファベットを、単語を作る上での使用頻度に基づいて並べたジャン専用のアルファベット表が作られる。映画でも、この表を読んでジャンが瞬きを重ねるシーンは今でもはっきりと覚えていて印象的な場面だ。

一番になったEは喜び飛び跳ね、しんがりのWは、振り落とされてなるものかとがんばっている。Bはひどく格下げされた上、いつもまちがえられるVと隣どうしで、すっかりむくれている。(26ページ)

こんなふうに、26文字を語るジャンは、自分を表現できるこのアルファベットたち一字一字に、まるではじめて生まれ出たような子どもたちのような愛情を感じている。

彼が作ったことばは、おしゃれで強いエネルギーに満ちている。ことばによって”蝶の夢を見るという自由”を手にすることが迫ってくる実話だ。

最後に河野万里子さんの訳がとても素晴らしく、フランス語ができない私ですが、ジャンの粋なフランス語の声が聞えて来そうな詩情あふれる翻訳でした。

映画「潜水服は蝶の夢を見る」のレビューはコチラ

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