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2009年9月 3日 (木)

「多読術」

多読術 (ちくまプリマー新書)

過去に「爆問x松岡正剛の『世界は編集されている?』」という記事を書きました。その時の話しぶりが印象的で、本ではどんな感じで語られるのか興味があり、「多読術 (ちくまプリマー新書)」(松岡 正剛著)を手に取りました。

久しぶりの新書本、そして読書についての本、語り口もまさにうまく編集されていて緩急合わせた話題の進め方―これはさくさくっと読めます。

さくさく読めるのに、気になる箇所に付箋がどんどんつくから不思議です。書き留めておきたい言葉がいろいろなところにちらばっているんですね。

たとえば、”食読”―「世の中にいろんな食べ物があるように、本は食べてみないと分からない。(中略)だから読書も、いわば『食読』のようなものなんです。食べることが出会いでもあるように、読書も出会いです。」(21ページ)

たとえば、”マゾヒスティックな全集読書”―「新聞、雑誌、単行本、マンガ、楽譜集、どんなものでも全部が『読書する』なんですが、、そこには優劣も貴賎も区別がないと思うべきなんですが、やっぱり読書の頂点は『全集読書』なんですよ。まず、その威容に圧倒される。大半は頑丈な函入りですから、なかなか手にとる気にならない。飾ってあるだけで満足ですよ(笑)。しかし、眺めているだけではもったいない。それを齧るんですね。ロック・クライミングですよ。当然、すぐに振り落とされる。2合目と3合目でね。それがまた、たまらない(笑)。(61ページ)

そして読書の醍醐味はと聞かれれば、「無知から未知へ」とすんなりと答えられる潔さ。なかなかいえませんね。

もうひとつ、これから本を読む時に意識しようと思ったのが、”2つの視点”です。

出来事や社会や世界を見るための視点は、二つあるんです。ひとつはオムニシエントな視線で、俯瞰的にその世界を眺められる「鳥の目」で、もうひとつはオムニプレゼントな目によってその世界の中に入っていって見る「足の目」です。たいていの物語も、このオムニシエントな鳥瞰的な「鳥の目」による描写と、主人公などがその地点に限定的にいるときの「足の目」による描写で成り立っている。読書するときも、これをかわるがわる使う必要があります。(178ページ)

「あとがき」のタイトルが「珈琲を手にとる前に」です。ここで”読書は特別なものだと思わないほうがいい”と書いています。本も人と付き合うように時には楽しんだり、傷ついたり、励まされたり、それで面白いと感じられる、そんな読書をこの秋も大いにしたくなりました。

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