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2009年10月31日 (土)

原書「The Bell Jar」

The Bell Jar

10月最後になりました。9月の原書とした「The Bell Jar」(販売元:Faber and Faber)をやっと読了しました。

詩人Sylvia Plathを知ったのは10年ほど前のこと。彼女が唯一書いた自伝的小説は、1963年に出版されて以来「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の女の子版ともいわれ、多くの人に読み継がれてきた本です。

物語は・・・

名門女子大に通う優等生エスターがファッション雑誌主催、エッセイ、小説、詩コンテストで賞をとり、一ヶ月ニューヨークで過ごした体験と、その後ボストンの家に戻ってきてから心のバランスが崩れていった経験を綴ったもの。

小説といっても、散文と詩の中間のようなところが多々あり、特に前半は自由詩を読んでいるような気持ちになりました。英語に関しては、状況が変わるところでちょっとだけ戸惑うところもありましたが、比較的読みやすかったです。

超優等生で美人で皆に期待されて自分でも呆れるくらいのプライド(自信のなさの裏返しとして)を持つ19歳の女の子。エスターは読んでいるこちらがつらくなるくらいに"pure"ということを求めています。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のホールデンが"phony"ということにこだわったように、大人の世界のとてつもなく不純なものに耐えられないけだるさがエスターを捉えていきます。

この時代は、女の子の方が男の子よりもっと抑圧を感じることが大きかったのでないでしょうか。セックスのこと、仕事のこと、家族のこと、宗教のことなど今とは価値観が違っているので。優秀なエスターだけに物を書く人として生きていくという思いと、女性のその時代の理想的な生き方、幸せな結婚をして子どもを持つという考えに大きく振れるエスター。

後半は、やがて彼女の気持ちは一気に生きることから死への思いに取り憑かれていきます。自殺する方法をいろいろ考えていますが、いちいちリアルで気が重くなりました。その過程でいろいろな治療をしていくのですが、ろくでもない医者も登場し、こちらもリアルでした。最終的にはノーラン先生という女性のお医者さんに導かれて回復していくことになりますが。

不思議に印象に残るのが最後の方に出てくるジョーンという女の子。エスターの分身のような存在です。

Joan was the beaming double of my old best self, specially designed to follow and torment me.

ジョーンはかつて一番輝いていたときの私そのもので、今のこんな私に取り憑いて苦しめるために存在していた。(「ベル・ジャー」280ページ)

Glass_bell_jarエスターがだんだんと精神的に安定するにつれてジョーンの方は精神に変調をきたし、自殺をしてしまいます。best selfでなくなった彼女がエスターの身代わりのように死んでいった感じでした。

一番好きな場面は最終章20章のはじめにエスターとノーラン先生が話をするところ。この本のタイトル、”ベル・ジャー”のことが象徴的に描かれているところです。エスターの母親との関係もこころに残り、エスターが自分の弱さを知ったからこそ見えてきた強さがにじんでくるようなシーンです。ちょっと長いですが、引用してみます。

My mother's face floated to mind, a pale, reproachful moon, at her last and first visit to the asylum since my twentieth birthday.  A daughter in an asylum! I had done that to her.  Still, she had obviously decided to forgive me.
 'We'll take up where we left off, Esther,' she had said, with her sweet, martyr's smile.  'We'll act as if all this were a bad dream.'
 A bad dream.
 To the person in the bell jar, blank and stopped as a dead baby, the world itself is the bad dream.
 A bad dream.
 I remembered everything.
 I remembered the cadavers and Doreen and the story of the fig-tree and Marco's diamond and the sailor on the Common and Doctor Dordon's wall-eyed nurse and the broken thermometers and the negro with his two kinds of beans and the twenty pounds I gained on insulin and the rock that bulged between sky and sea like a srey skull.
 Maybe forgetfulness, like a kind snow, should numb and cover them.
 But they were part of me.  They were my landscape.

20歳の誕生日以来、初めて、そして最後に見舞いにきた母の咎めるような青白い丸い顔を思い出した。娘が精神病院にいる!そんなひどいことを私は母にした。だけど、もちろんは母は私を許そうと決めた。
 「歩むのを止めたところから、また一緒にはじめましょうね、エスター」殉教者ぶった優しい笑顔で母が言った。「これは全部、悪い夢だったって思いましょう」
 悪い夢。
 ベル・ジャーの中で、死んだ赤ちゃんみたいに虚ろに立ち止まってしまった人にとっては、この世界そのものが悪夢なのだ。
 悪い夢。
 私は全部覚えている。
 解剖用の死体も、ドリーンのことも、いちじくの木の物語も、マルコのダイヤモンドも、コモン広場の水兵も、ゴードン先生のところの外斜視の看護婦、壊れた体温計、二種類の豆を持ってきた黒人、インシュリン療法で20ポンドも増えた体重、空と海の間に突き出した頭蓋骨みたいなあの灰色の岩も。
 きっといつか、「忘れる」ということが、やさしい雪みたいに、すべてを覆って麻痺させてしまうだろう。
 でも、あの痛みは全部、私の一部。あれは私の懐かしい心の風景。(同上325ページ)

10代の体に痛みを感じるほどの潔癖さと理由のわからないプライドをくっきりと思い出させてくれる本でした。

ちなみに翻訳が2004年に新訳として出ています。青柳祐美子さんが訳しています。こう書いてピンときた方は記憶力がとても良くて拙ブログのオタクといっていいです(笑)。私は「訳者あとがき」を読むまでわからなかったのですが、須賀敦子さんの愛弟子だった脚本家の青柳さんです。彼女は須賀さんから「小説を書く前に、一冊でいいから名作を翻訳しなさい」と、何度も繰り返し言われていたそうです。この本を読んだのも何だかセレンディブティのような気がします。

ベル・ジャー (Modern&Classic) ベル・ジャー (Modern&Classic)

著者:シルヴィア・プラス
販売元:河出書房新社
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コメント

Sylvia Plathと言えば、夫のTed Hughesの方が有名で、「自殺してしまった米人女性詩人」程度しか知識がありませんでした。今年の初めだったか、BBCで詩人特集で取り上げられてました(私は英国在住です)。コニコさんのブログを読むと興味深そうな小説ですね。一見して原書も難しくなさそうな気もするし。いつか読みたい一冊です。
(私も須賀敦子さんのファンで検索していたらここに流れつきました。)

投稿: きょっこ | 2009年11月 5日 (木) 07時21分

きょっこさん、はじめまして。コメントをありがとうございました。結構、力を入れて書いたものにこうして反応があると嬉しいものです。

そうですか、BBCでプラスも紹介されていたんですね。

この本、ちょっと憂鬱になるところもありますが、読後感は悪くありません。オバサンになった私は、10代の持て余していた感受性を客観視できたような気がしました。

これからもどうぞご来店くださいませnote

投稿: コニコ | 2009年11月 5日 (木) 16時20分

はじめまして

個人的に愛聴している
バンド「サヴォイ」の
「ガール・ワン」の歌詞に
”ベル・ジャー”が登場します

私はベル・ジャーそのものを
読んだことはなく
こちらを含めたいくつかのブログ等の
記事を読ませていただきました

近くブログでガール・ワンを
取り上げさせていただく際
こちらのブログで読ませていただいた
内容、イメージを参考にしたいと
考えております

m(_)m

投稿: ライバード | 2016年4月20日 (水) 11時18分

ライバードさん、こんばんは。すっかりお返事が遅くなりました。
だいぶ前に書いた記事にこうしてコメントして頂くと励みになります。

サヴォイのブログも拝見しました。ベル・ジャーが歌詞に出ていましたね。脆い心をベル・ジャーで守ってるという感じ、どんな曲か聞いてみたくなりました。

また、いろいろ教えてください。

投稿: コニコ | 2016年5月12日 (木) 22時32分

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