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2009年11月17日 (火)

「グレート・ギャツビー」読書会(11)

Ca3c0041 今月の読書会は、青年ギャッツがギャツビーになったチャンスを与えた男、Dan Codyの話から。

彼が鉱山の商売でいく山も当てて大金持ちになってから、ギャツビーに出会います。2人はひとめ会った時から意気投合し5年もの間、ヨット上で寝食を共にしたことが語られます。

(写真は、先日のポスター展より、映画「華麗なるギャッツビー」から)

Codyがなぜヨットに乗り、放蕩生活を過ごすことになり、5年の後にあっけなく死んでしまったかは、Madame de MaintenonにたとえられるElla Kayeによる影響が大きいでしょう。読書会では、はたしてこの女性がCodyと結婚していたかどうかが話題に。ゴシップ好きの私たちは大いにここで盛り上がりました。結論からいうとたぶん、彼女は結婚はしていないだろうということになりました。Codyがギャツビーとこれ以上親しくなって財産が彼にいってしまうのを怖れて、彼女は時期をみてヨットに乗り込み、Codyの死後、敏腕弁護士か何かに頼んでCodyの遺産を全部自分のものにしたのではないでしょうか。

それに対して、ギャツビーがもらった遺産はお金ではなく・・・

He was left with his singularly appropriate education; the vague contour of Jay Gatsby had filled out to the substantiality of a man.

(彼に残されたのは、いささか風変わりではあるけれど適切にして要を得た教育だけだった。それによってジェイ・ギャツビーという獏とした輪郭は、個体としての血肉をめでたくも獲得したのである。 「グレート・ギャツビー」村上春樹訳 163ページ)

(だが、ギャッツビーは、ほかでは得難い修業をさせてもらっていた。おぼろげなものでしかなかったジェイ・ギャッツビーの人物像が肉付けされて、しっかりした輪郭を得たのである。「グレート・ギャッツビー」小川高義訳 163ページ)

青年ギャツビーがCodyとの5年間で学んだものとは何か?その前の段落でCodyのことを"the pioneer debauchee who during one phase of American life brought back to the eastern seaboard the savage violence of the frontier brothel and saloon."といっていることから、西部の暴力的な風俗―お酒と女の放蕩生活にたっぷり浸かってその御し方も学んだのだろう。ただの空想する青年から、“人間の欲得”という実学を知り、巨万の富を築くノウハウを学んだ成人へとなっていったわけです。

今回は、その後で語られるのエピソード、トムとその友だちが乗馬の途中でギャツビーの家を訪ねるシーンまで読みましたが、ここも突っ込みどころが満載。というのも、またも結婚しているかどうかというゴシップに。トムの友だち、Sloane氏と連れの女性が妻か、愛人か、恋人かという話に。わたしは最初、Sloane氏が年配の男の人だと思っていましたが、トムと遊び友達だと考えると、そんなに齢ではないはず。となると、その連れは、恋人なんでしょうね、きっと。

彼女が「のどが渇いたので、ちょっとギャツビーの家で飲み物でもいただきましょうよ。」と誘ったのでしょう。「今度、皆でこちらのパーティに伺いますわ。」と彼女ひとりがギャツビーに対して友好的。トムとスローン氏はギャツビーをまるで召使あつかいです。スローン氏は、ギャツビーに対して横柄な受け答えだし、トムもほとんど相手にしていません。"I know your wife."と言われて、後でニックに

"I wonder where in the devil he met Daisy.  By God, I may be old-fashioned in my ideas but women run around too much these days to suit me.  They meet all kinds of crazy fish."

(「あの男はいったいどこでデイジーに会ったのかな。まったくの話、俺の考え方は旧弊にすぎるのかもしれんが、近頃の女たちはやたらあちこち遊び歩いている。俺はそういうのがどうも気に入らないんだ。どこの馬の骨とも知れんやつと知り合ったりしてな」 村上訳 167ページ)

(「どこでデイジーと会ったんだろう。俺が古いのかも知らんが、近頃の女は平気で遊びまわるのがけしからんな。どういう馬の骨に出っくわすかわかりゃしない」 小川訳 168ページ)

なんて言ってます。ギャツビーは“どこの馬の骨”ということです(ちなみに英語でいうと“狂った魚”っていうんですね)。トムのご一行は、サッサとギャツビーを置いて先に行ってしまうのです。

というわけで、この訪問がきっかけでトムはデイジーを連れてギャツビーのパーティに来ることになります。次回は、そのパーティのシーンからです。

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