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2010年2月13日 (土)

「グレート・ギャツビー」読書会(14)

The Great Gatsby

今週、「グレート・ギャツビー」読書会がありました。

7章の中盤からギャツビーら5人がマンハッタンに行き、トム、ニック、ジョーダンが家に着くところまで20ページ弱を読みました。

うだるような真夏の暑さはマンハッタンの大都会に向けて沸点に達したようになっていきます。

わたしは、毎回読書会の前にこのオーディオ・ブックを聴いて登場人物の息遣いを感じていますが、特にこの7章を聴いていると一触即発の緊張感と重力感をもつ都市の暑さが相まって、しぜんと聞いている方もピリピリしてきます。

The Great Gatsby

著者:F. Scott Fitzgerald
販売元:BBC Audiobooks
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さて、2台の車がマンハッタンに入ったところから始まる今回の場面では、ジョーダンの口にした“sensuous”(春樹訳では「肉感を揺さぶる」、小川訳では「官能」)ということばがトムの気持ちを波立たせます。

そして熱気で息苦しいプラザホテルの部屋で、窓がひとつしかないことを聞いてデイジーがいうことばが“Well, we'd better telephone for an axe―”というのも物騒。斧をたのんで、窓代わりに壁を打ち抜こうということのようですから。

皆の気が立っている時に、よりにもよってメンデルスゾーンの結婚行進曲が聞こえてくるなんて本当ににくい演出ですよね。話しの行方は、結婚式→過去→ずっと“愛し合っていた”デイジー&ギャツビーという流れになっていきます。そしてトムVSギャツビーの対決は…トムの必死の求愛と、ギャツビーの自信に満ちた押しの強さにデイジーは混乱してきます。

そしてここで印象的なシーンがこれ。

"Oh, you want too much!  she cried to Gatsby.  "I love you now―isn't that enough?  I can't help what's past."  She began to sob helplessly.  "I did love him once―but I loved you too." 
  Gatsby's eyes opened and closed.
  "You loved me too?"  he repeated.
  "Even that's lie," said Tom savagely.  "She didn't know you were alive.  Why,―there's between Daisy and me that you'll never know, things that neither of us can ever forget."
  The words seemed to bite physically into Gatsby.

「ああ、あなたはあまりに多くを求めすぎる!」と彼女はギャツビーに向かって叫んだ。「私はこの今あなたのことを愛している。それだけでは足りないの?過去にあったことは変えられないのよ」、そして力なくしくしく泣き始めた。「彼を愛したこともかつてあった―でもそのときだってあなたのことも愛していた」
 ギャツビーは目を見開き、それから閉じた。
「私のことも愛していた?」と彼は繰り返した。
「それだって眉唾だな」とトムは痛めつけるように言った。「デイジーは、君が生きているかどうかさえ知らなかったはずだ。いいか―僕とデイジーのあいだには、君には知りようもないことがいくつもある。君はご存じないが、僕ら二人にはどうしても忘れられないってことがな」
 その言葉はギャツビーにはぐっとこたえたようだった。(春樹訳213ページ)

そして、デイジーのこの混乱に乗じて、トムがギャツビーの闇の取引を暴くわけですが、こういうところの勘はトムはすごいですよね。彼は形勢を瞬く間に逆転し、ギャツビーをデイジーとの過去を取り戻すことはかなわない状況に追いやるのですから。

過去に戻れると信じて疑わなかったギャツビーと、ギャツビーのいない5年間の過去―トムと結婚し、妻になり母になって、今は変えられない過去の上に成り立っていると感じているデイジーとの距離は大きく深いです。それでもデイジーの幻想を追いかけるギャツビーはどういう行動をとるか、注目のしどころ。

この後のニックの30歳の誕生日だったという件では、このフィッツジェラルドの短篇「リッチ・ボーイ」を思い出します。

そして感情の混乱、爆発のあとにやってきたのが暴力的なマートルの死。警察の現場検証に出くわすトムたちは、往きに立ち寄った時のギャツビーの車ではなく、ブルーのクーペに乗っていたということを強調します。ここも、ひねりが効いていますよね。そしてトムはついさっきまでデイジーの愛を乞うていた舌の根もかわかないうちに愛人マートルのために涙を流すのです。

In a little while I heard a low husky sob and saw that the tears were overflowing down his face.
"The God Damn coward!" he whimpered.  "He didn't even stop his car."

ほどなく低くかすれた忍び泣きの声を耳にした。トムの頬を涙がこらえかねたようにこぼれるのが見えた。
「恥知らずの畜生が!」と彼は声を詰まらせた。「あいつ、車を停めもしなかったんだぞ」(春樹訳228ページ)

妻のデイジーがもうギャツビーと去ることはないと確信したトムは、愛人のマートルのことも愛していたわけで泣いているわけです。実はトムもデイジーもご都合主義で現実主義―前にも言いましたが、似たもの夫婦のようです。かといって私はそれがいい悪いといっているのではなく、この夫婦の描写の鋭さが面白い。

一方、ギャツビーのデイジーへの愛がご都合主義でない純愛かといえば、私はどうだろうと思うのです。ここは読書会でも論点になったところ。ギャツビーは5年間ずっとデイジーを想っていた気持ちはイノセントなものであったといえますが、彼の想いというものが現実のデイジーを見るというよりギャツビーの“思い描いた大志のようなものの道に咲いた幻想の花”のようなところがあって、ギャツビーは5年前のデイジーしか見えていないし、見えていないという自覚も全然ないので、デイジーのここでの混乱がまったく理解できないわけです。ギャツビーの時間は、ある意味5年前から止まっていたともいえ、その幻想を見続けるエネルギーは“痛い”ものでありながら、哀切を感じさせるものがあります。

次回は7章のラストと8章を読みます。マートルの事故のさらなるひねりが読者を驚かせます。

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