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2010年4月10日 (土)

「IN」

IN IN

著者:桐野 夏生
販売元:集英社
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昨日の「女神記」に引き続き、桐野さんの本、「IN」を紹介します。こちらは、2009年5月30日に世に出た本。このタイトルは、もちろん読者に、13年前に刊行された「OUT」を思い起こさせます。

「OUT」が文字通り、ひたすら外へと爆発するエネルギーだったのに対して、この「IN」は、主人公の作家、鈴木タマキの内面に井戸を掘るように深く沈んでいくようです。

目次を見ると、第三章をのぞいてすべてに“いん”と読める意味ありげな言葉が並んでいます。

第一章 淫
第二章 隠
第三章 『無垢人』(緑川未来男作)
第四章 因
第五章 陰
第六章 姻
第七章 「IN」

この小説の醍醐味は、小説「淫」を執筆中のタマキが、恋愛をしていた阿部青司との関係に揺れながら、同じように“恋愛の果て”を描こうとした小説「無垢人」の謎の女性を追っていくサスペンス仕立てになっているところです。小説の中の小説「無垢人」が入れ子状態になり、その作者である緑川未来男の妻と、愛人に当たる謎の女性、○子がどう絡んでいくかが見ものでした。

ただ単に恋愛の軋轢を描くというより、登場人物に作家を配したことで、書く怖さ、というか、作り事が現実の世界を侵食していく恐ろしさをも書いています。以下の引用は、作家としての緑川未来男とタマキを指して、元緑川の思われ人、茂斗子(もとこ)が話すシーンから。

鈴木さんは、作家の本性って何だとお思いになりますか。あたしはね、恐ろしいほどの冷たい視線だと思います。自分のことでも、他人事みたいに見ているのです。そうそう、チベットだか、ネパールだか、額に目がある絵を見たことがあります。あの額に日開く第三の目、あの目そのものが、作家の姿なのです。あなたはにこにこして聞いていらっしゃるけど、あなたもあの第三の目なのだ、と思ったら気持ち悪くないですか。(第二章 隠 44ページ)

そして、タマキはこう記します。「小説とは皆の無意識を拾い集めて、物語という時間軸とリアリティを与え、さらに無意識を再編することだと気付く。」(第六章 姻 240ページ)そんなタマキの前に、死にかけた元恋人の青司が亡霊としてやってくるのも、タマキの無意識が呼びだしたものだったのでしょうか。

なんといってもすごいのが、ラストの緑川夫人、千代子の怨みと怒り。どんなことがあっても夫と○子を許さない千代子は、作家にとってもっとも残酷な形で彼らの人生や言葉を書き変えていくことを続けていくのです。そして、その共犯者としてタマキを道連れに誘うのです。ああ、これはまるで「女神記」のイザナミとナミマの、あの女の負わされた業のようだと感じました。千代子が死んでも許すことのない“言葉たち”が残っていく、いえ、残していくのが作家の仕事だとでもいうように、「IN」の底は深く暗いものでした。

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