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2010年4月19日 (月)

「1Q84」で思うあれこれ(ネタバレあり)

一晩考えて、ますます「1Q84 BOOK4」が出る気がしてきました。その理由は、昨日のタイトルからのヒントに加えて、内容的にも3つのことから、今回のBOOK3で完結ではない気がします。

まず①“小さなもの”がどうなるか―青豆が宿した“天吾の子ども”が無事に生まれ、「さきがけ」がどうでるか

②リトル・ピープルはどうでるか―牛河の口から出てきたリトル・ピープルが新しい空気さなぎを作ってどうするのか

③天吾の小説は何を語るか―天吾の書きかけの小説が“私たち(青豆と天吾)にとって大事な意味を持つもの”(580ページ)とされているがどんな意味を持つのか

他にも細かい疑問や理由はあるものの、この大きな3つの謎が解き明かされずには終われない気がしてなりません。最後のページに〈BOOK3 終わり〉とは書いてあるけど、〈完〉となっていないですし。BOOK3を読み終えた方、どう思われますか?

そうそう、今日は、感想を書くんでした。BOOK1と2で大きな役割を果たしてきた不思議な少女、「ふかえり」が、BOOK3ではあっけなく退場してしまったことと、天吾が作家として悩みながら書いているという入れ子的な場面がほとんど見られないことなど、BOOK1と2を越えた面白味はなかったかというのが正直なところ。

思えば、青豆は、追われて外に出られず閉じ込められた状態だし、天吾は危篤の父親を見舞うというシーンが多いせいで、動きが少ないんですね。

そんな中で、今回狂言回しの役もしている登場人物の牛河がコニコ的には、馴染めなかったのも、いまいちの原因かしら。もちろん、面白かったんだけど、BOOK1と2がとても魅力的だったので、比較してということです。私の読み込みが浅いのかもしれませんが・・・。

また、BOOK1の中の引用、「サハリン島」や「平家物語」は、意味深いものに感じたのですが、今回の「アフリカの日々」は、あまり奥行きを感じられませんでした。青豆が読むことになるプルーストの「失われた時を求めて」もなんだか、もったいない使い方。

印象に残るのは、青豆の章にあたる23章「光は間違いなくそこにある」。天吾を探し続けながら、外に出られず孤独に隠れた生活を送る青豆が、ようやく天吾の行方をつかみかけた場面。青豆はひとり、「空気さなぎ」を読み、考えるところ。

・・・(前略)寝室の暗闇の中で目をこらしてその箇所(*注:子どもが宿るお腹)を見つめる。見えるか見えないかという仄かな発光だ。しかし光は間違いなくそこにある。私は孤独ではない、と青豆は思う。私たちはひとつに結びつけられているのだ。おそらくは同じ物語に共時的に含まれることによって。
 そしてもしそれが天吾の物語であると同時に、私の物語でもあるのなら、私にもその筋を書くことはできるはずだ。青豆はそう考える。何かをそこに書き添えることだって、あるいはまたそこにある何かを書き換えることだって、きっとできるはずだ。そして何よりも、結末を自分の意志で決定することができるはずだ。そうじゃないか?(477ページ)

パラレル・ワールドに迷い込んでしまったと思っていた青豆が、1Q84の世界に来たのが必然であり、自分の主体的な意思であると気がつく重要なシーンです。

あ~、やっぱり、なんだかんだ言っても、約600ページを読み切らせるストーリー展開は、すごい。BOOK4も、もし出たら真っ先に予約しちゃうと思います。やれやれ、です。

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コメント

コニコさん、はじめて書かせてもらいます。
「1Q84」B00K3は、もうどこの書店でも完売らしいですよ。
村上春樹が描く世界は、何故にこんなに読者を惹きつけて止まないの
でしょうか?
さて、B00K4も今年の終わりあたりに書店に並ぶのではないかと思われますが。コニコさんの指摘通り、1月ー3月がないも完結にはならないですし、私の中でも終わっていないですから。それに、彼の持つ爆発的な販売力を出版社が黙っていないし、何よりも村上春樹は読者にあっと驚かせるような完結をすると思います。
BOOK3の終わりの章「天吾と青豆」は、イアン・マッキューアンの小説「Atonement」「償い」の結末を思い起こしました。天吾はふかえりの「空気さなぎ」を書き直してから、「1Q84」の世界を小説にした。天吾の章が現実で(もちろん、読者を騙すにはある接点も加えるー①牛河との出会い②公園の滑り台から見える天吾③タマルからの電話など)青豆と牛河の章は彼の小説ではないかと思います。もちろん、「天吾と青豆」の最終章も小説の世界!1984?の世界に繋がる階段を上がって高速道路に辿り着いた二人は、天吾が10歳の時に青豆に手を握られて、彼も同じ想いだったからこの淡い恋を活字で実らせたかったのかもしれないと思ったりしてます。
でも、村上春樹は読者を完璧に裏切ると思われるから、こうして各自なりに想像させる彼の「書く力」「読ませる力」はあらためて凄いと感心してます。
そして、コニコさんの「読書力」にも脱帽です。
では、読書会でお会いするのを楽しみにしてます。

投稿: Pirica | 2010年4月25日 (日) 12時04分

Piricaさん、拙ブログへようこそ。コメントを頂くと本当に励みになります。

「償い」は未読ですが、このコメントからちょっと興味が湧きました。はたして、天吾と青豆のたどりついた世界からの発展があるのどうかも読者には悩ましいところですよね。
あっと言わせる結末が出てくるかしら?私はBOOK2で、結構あっとしちゃいましたがcoldsweats01

投稿: コニコ | 2010年4月25日 (日) 16時29分

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» 『1Q84 BOOK3』 [YIELD a DEEP BEAUTY.]
前作のレビューでぼくは「偶然なのか狙っているのか、文学的に統制の取れたこの作品が、そのバッハの「平均律クラヴィーア」同様に24個のユニットから成立しており、全2巻という点でも奇妙に一致しているのが興味深いですね」と、書きました。これですが、村上春樹さんが刊行...... [続きを読む]

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