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2010年4月11日 (日)

「小説ほど面白いものはない 山崎豊子 自作を語る3」

小説ほど面白いものはない 山崎豊子 自作を語る3 (山崎豊子自作を語る 3) 小説ほど面白いものはない 山崎豊子 自作を語る3 (山崎豊子自作を語る 3)

著者:山崎 豊子
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今日は、最近出た山崎豊子さんのエッセイ「山崎豊子 自作を語る」3作品の内、3作目の「小説ほど面白いものはない」を採り上げます。

山崎豊子さんの小説は、「沈まぬ太陽」しか読んだことがないのですが、ぐいぐいと読むのもを惹きこむ骨太の文体が魅力。その文体がどういうふうに生まれるのか、興味のあるところです。

このエッセイ3は、初期の頃の対談、座談会などがっまとめられていて、山崎豊子さんの作家としての矜持が見られました。

なかでも、第三章「消えない良心」を書く」の『事実は小説よりも奇なり』は、作家がどんなふうに小説を書いているか、舞台裏を見せてもらっているようでたのしいですね。

ここでの座談会のメンバーは、城山三郎、秋元秀雄(評論家)、三鬼陽之助(評論家)、伊藤肇(「財界」編集長)、山崎豊子の5人。

「そういうものなんだ」と感心したのが、“人物設定のカラクリ”を明かしたこの部分。

城山:ドストエフスキーは、一枚の大きな紙に、作中に登場する人物と、その関係の要点を記すばかりでなく、性格やちょっとした会話までも書き込み、半年以上も時間をかけて、これが完成すると、初めて筆をとり「ドストエフスキー」の速さをもって一気呵成に書きあげたと伝えられています。まず、人間像を明確につくりあげるのは小説のABCでしょう。(132ページ)

そして、前から不思議に思っていた実在の人物の描写について、小説家がどう信憑性を持たせていくかという点。特に歴史上の人物が会話を交わすところは、どういうところに注意しているかが気になります。城山三郎氏がこんなことを言っています。 

城山:それは作品の質にもよりますが、人間像を明確に描き出そうとすればするほど、その人物が本当に言った言葉しか書けないのです。

伊藤:文章の見事さは、その人にしかない真実を、その人にしかない言葉であらわすところにある。と誰かの文章論で読んだことがあります。

城山:森鴎外の言葉にしたがえば、小説は「歴史離れ」か「歴史そのもの」かの二つにわかれます。井上靖さんも、それと同じことを随筆に書いておられます。小説を書きたいのは、普通の書き方では書けないから、自分のなかに燃えあがってくるものを、それへ織り込んで書くわけでしょう。当然、書き進んでいくうちに嘘みたいなことが出てくるわけです。ところが、それを全部、削ぎ落としてしまうと、歴史そのものになってしまうしネ。要するに「歴史離れ」と「歴史そのもの」との中間を揺れ動きながら、ある場合にはこっちに近いところで小説を書くし、ある場合には、あっちに近いところで書く。それが、ある意味で苦しみであり、楽しみであるわけです。(“「会話」が難しい”より146ページ)

なるほど、作家は、「歴史離れ」と「歴史そのもの」との距離感をうまくとって、実在の人物に息を吹き込んでいくのですね。大河ドラマなんかを見ていても、「歴史そのもの」とあまりにもかけ離れていると興醒めですが、かといって「歴史離れ」といえる意外なドラマがなければつまりませんもの。

城山氏ばかりの引用になりましたが、山崎豊子さんファンには読み逃せないエッセイ・シリーズですね。この本のタイトルのように、“小説ほど面白いものはない”といえる作品をつくるために、まさに命を懸けている山崎豊子さんの心意気に襟を正す思いです。

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