« 『アット・ホーム・アット・ザ・ズー』(At Home At The Zoo) | トップページ | 音楽が“走る” »

2010年6月25日 (金)

原書「Never Let Me Go」(「わたしを離さないで」)ネタバレあり

Never Let Me Go Never Let Me Go

著者:Kazuo Ishiguro
販売元:Vintage
Amazon.co.jpで詳細を確認する

5月の原書「Never Let Me Go」をようやくレビューします。

カズオ・イシグロの本を読むのは、A Pale View of Hills, An Artist of the Floating World, The Remains of the Day, Nocturnesに続けて5冊目になります。今回はどんな世界が語られるのか・・・

Kathyという31歳の女性が、実に静かな語り口で話し始めます。自分の今の仕事や経歴について淡々と話していくのですが、“carer”、“donor”、 “complete”―なかでも“Hailsham”という言葉がなぞめいて、冒頭から抑制された文章でありながら、サスペンスの雰囲気を出しています。

主人公、Kathyは、Hailshamの生い立ちからこれまでの半生の記憶の旅を綴っていきます。記憶は、その時の想いを思い出させ、抽象的な概念を泉のように想起させます。「あの時の空想」「あの人との友情」「あの場所への郷愁」「あの曲の想い」そして「あの人への愛情」――こういったささやかだけれども、とても大事な、その人を形作ってきた記憶の断片が丁寧に語られます。読み手は、次第にKathyたちが人間のために作られたクローンであることを知ります。

クローンは、人間である“possible”(翻訳では何と訳しているか調べてみたらクォーテーション付けの“親”としてありました)から作られ、ある程度成長したら、“carer”と呼ばれる介護者になり、“donor“(提供者)になったクローンの面倒をみることになります。そして、何回かに分けて(多い場合で4回ほど)自らの身体を提供した後、30歳前後で“complete”、つまりクローンとしての使命を終えることになるのです。

こういったクローンの生き方の中で、Kathyは、普通のクローンとは違う育ち方をするわけです。Hailshamという寮制学校で、絵を描いたり音楽を聴いたり、想像することの素晴らしさを学び、そこで彼ら自身に宿るであろう“soul”心を育てていたんですね。でも、心をもつようになったからこそ、人間とは違う運命を背負うクローンのKathyやTommyは、切ない想いをし、自分たちの愛情に一縷の望みをかける勝負に出るのですが…。その顛末は本当に淡々と語られ、それだからこそ、Kathyの痛みがいかに大きかったかが心に沁みました。

印象的な場面は、6章の中で語られるNorfolkの件と、その後でTommyが、Kathyの失くしたテープをそこでみつけるところ。

Norfolk was England's "lost corner." where all the lost property found in the country ended up.  (ノーフォークは、イギリスの「遺失物保管所」で、国中の失くし物が集まってくるところだ。)

成長したTommyがKathyとNorfolkを訪ねた時に、失くしたテープのことを覚えていて、一途なところが、ジーンときます。Kathyもこの出来事は、とても大事に愛情をこめて語っているのが伝わってくる場面でした。

こんな逸話があると、Hailshamが物理的にはなくなってしまっても、そしてマダムも先生たちもいなくなってしまっても、Kathyの記憶の中にはNorfolkのようにいろいろな失われたものが集まって残っている気がして、しみじみとした読後感でした。

288ページありますが、Part Oneをがんばって読み進められれば、英語的にはやっかいで難しい表現は多くないと思います。翻訳も良さそうですが、この本の面白さを是非原書で味わっていただければと思います。おススメ度、高いです。

ちなみに翻訳本では、Kathyが失くしたテープが表紙を飾っていました。

わたしを離さないで わたしを離さないで

著者:カズオ イシグロ
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 『アット・ホーム・アット・ザ・ズー』(At Home At The Zoo) | トップページ | 音楽が“走る” »

英米文学」カテゴリの記事

原書でキャンペーン」カテゴリの記事

コメント

コニコさん、こんばんは!
カズオイシグロのNever Let Me Go この作品の題名もちゃんと覚えていなかったほど、何年も前に読みました。こうしてあらためてコニコさんのコメントを読み直してみると、セピア色になっていた記憶が少しづつ原色に近づくように戻って来ました。

あの頃原書で読み終えた時は、入ってはいけない空間から無事生還してほっとしている自分がいて、同時にどうしようもなく無力で虚しい別の自分もいた。そんなことを思い出しました。翻訳された「わたしを離さないで」も読んでみました。本を手に取ったとき、どうして「わたしを行かせないで」じゃないんだろう?と疑問に思いました。結局同じ意味なのだろうけど、微妙にニュアンスが違うのでは?でも同じ作品をとっても翻訳者よって三者三様ですものね!

ところで、このNever Let Me Goの題名はイシグロが村上春樹から貰ったジャズのCDからとったものだと後で知りました。何だか読者が想像もできない繋がりで、小説の世界は動いているのですね。

投稿: Pirica | 2010年6月25日 (金) 20時42分

Piricaさん、こんばんは。
読後感がほっとする気持ちと虚しい気持ちが交錯したようだったのですか~。面白いですね。
確かに本当に抑制された文章と緻密な描写が息苦しく感じさせるところもあるかもしれませんね。Kathyの生き方も無力に見えながらも、私には強いものを感じました。

この本のタイトルが、そんなところからきているとは全然知りませんでした(YouTubeで検索してみたのですが、なんだかそれらしいものがみつかりませんでした)。

またお会いした時に、語りましょうね。

投稿: コニコ | 2010年6月25日 (金) 23時48分

コニコさん、ご無沙汰しています。
Never Let Me Go 私も出たときすぐ読みました。私のペーパーバックはまた違う表紙でした。カズオイシグロ大好きなのですが、これだけ、ちょっと違和感があって、あまり好きにはなれない作品なんです。設定があまりに過酷だからかもしれません。私の周りではすごく評判がいいんですけど・・・でもだんだんと薄皮を剥ぐように真実が明らかになってくるあたりは、イシグロらしいと思いますし、歌のところとラストは鮮明に覚えています。ここのところ、洋書にはご無沙汰していますが、また何か読んでみようという気持ちになりました。

投稿: 点子 | 2010年6月26日 (土) 20時58分

点子さん、おはようございます。
イシグロ作品は、ほとんどお読みになっているんですよね。点子さんの中で、彼の作品の1番お好きなものは何か、いつか教えてくださいね。私は、未読の長編があるので、ぼちぼち読みたいと思います。

確かにおっしゃる通り、設定が過酷ということはいえますね。その過酷な運命を淡々とかつち密に書いている文章が私には魅力的でした。

そうそう、点子さんも興味があるかと思うので、Piricaさんが教えてくれたあの歌のことを書いたサイトを記しておきますね。
http://madconnection.uohp.com/mt/archives/001066.html

では、点子さんの原書レビュー、楽しみにしています(ってプレッシャーかけているわけではないですから

投稿: コニコ | 2010年6月27日 (日) 08時24分

途中から hailsham が、haishamになっちゃってますよ。。

投稿: | 2011年6月 2日 (木) 12時08分

ご指摘の方、どうもありがとうございます。訂正いたしました

投稿: コニコ | 2011年6月 2日 (木) 14時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 原書「Never Let Me Go」(「わたしを離さないで」)ネタバレあり:

« 『アット・ホーム・アット・ザ・ズー』(At Home At The Zoo) | トップページ | 音楽が“走る” »