« 「ボヴァリー夫人」読書会(2) | トップページ | シンガポール料理「海南鶏飯」 »

2010年7月20日 (火)

「ボヴァリー夫人」読書会(3)

「ボヴァリー夫人」読書会、第3回は先週ありまして、昨日に引き続きまとめさせていただきます。

今回読んだのは第2部、261ページ分、この小説の内で一番ヴォリュームあるところを読みました。

第2部の冒頭では、ボヴァリー夫妻の引っ越し先、ヨンヴィル=ラベイ村がいかに田舎であるかということが事細かに書いてあります。その土地で出逢うレオンという若者とロドルフという文字通りの独身貴族のプレーボーイにエンマは恋焦がれるのことになります。

最初のレオンとの恋は、この時点ではプラトニックに終わりますが、エンマにとってその恋の過程ですさまじい想いが心の中でうずまいています。少し長くなりますが、その葛藤を引用してみます。

自分の恋の深さを知れば知るほど、彼女はそれが外に現れないように、そしてまたそれを弱めようとして押さえつけた。(中略)あのひとをあんまり強くしりぞけすぎた、もうおそい、取り返しがつかないなどと思いあぐねた。かと思うと、「わたしは操正しい女なのだ」と心ひそかにつぶやきつつ、悲壮なあきらめのポーズをつくって鏡に自分の姿をうつす誇らしさと喜びが、たいへんな犠牲を払っていると思い込んでいるその犠牲の苦しみを、いくらか軽くしてくれるのだった。
 かくては肉の悶えも金銭欲も情熱の憂いも、すべて同じ一つの悩みのなかに入りまじった。――すると彼女はその悩みから思いをはぐらかそうとするどころか、苦痛のゆえにいっそういきり立ち、新たな苦痛の機会をいたるところに求めては、いよいよ悩みを深くしていった。(中略)
 そこでエンマは、日ごとのさまざまな不快事によってかきたてられる多種多様な憎悪の念のすべてを、シャルルに向かって集中した。憎しみをこらえようとする努力はかえってそれを倍加させた。なぜならこの空しい努力は他のかずかずの絶望の原因といっしょになって、彼女の内心の葛藤をなおさら激化させたからである。虫も殺さぬ優しさでふるまっている自分自身までもが気に入らなかった。家庭の退屈さは彼女を華麗な幻想に駆り立て、生ぬるい夫婦愛は姦通の欲望へと追いやった。(168ページ)

夫であるシャルル以外の男性に強く惹かれたエンマも、内心強い欲望を抱きつつも、最初は心と体にブレーキをかけ、なんとか夫婦の体面を取り繕っていたわけです。

この後、エンマは、秘めたる“肉の悶えも金銭欲も情熱の憂いも一つになった悩み”を司祭に打ち明けに行くのですが、あれこれ忙しい司祭はエンマの言うことをまともに聞いていません。ここでの悩みが、今回の読書会の議論の中心になりました。食べるのに困らず、あたたかな家庭があって、不足顔のエンマをどう感じるかという点です。「エンマは自己中心すぎる」、「自分の置かれた幸せを感じていない」など、いろいろな意見が出ましたが、私がもしエンマの立場だったら、ちょっと彼女の気持ちがわかる気がします。心の奥に潜む退屈への反抗――「プチ・エンマ的な気持ち」とでもいうような、もちろんそれが不倫に短絡的に結び付くわけではないのですが。

そんなエンマの苦悩を見透かすように現れた漁色家のロドルフ。2度目の恋では、エンマはまんまとロドルフの恋の手管に堕ちてしまいます。読書会では、共進会の紋切り型の演説と呼応するように語られるロドルフの押しの一手の“愛の告白”の場面(233ページ)を朗読しました。なんとしらじらしい告白のセリフでしょう。

また、この部で地下水脈のようにじわじわと出てくる小間物屋のルールーと薬剤師のオメーも見逃せない人物であることを話しました。ボヴァリー夫妻は借金地獄にハマっていき、まんまとルールーの餌食になり、無免許医のオメーもシャルルを利用して薬局を繁盛させています。この二人は第3部でさらに大きな役割を担いそうな予感。結末はいかに。8月に第3部を読んで読了。読書会も終わりになります。

P.S. いろいろなサイトをみていたら、こんな文章をみつけました。信憑性は?ですが、一理あるなと思い、載せてみました。

「18世紀から19世紀のフランスでも不倫は、富裕層にとっての『エレガントな暇つぶし』であり、庶民の手が届くものではなかったという。不倫が贅沢な遊びであることは、今も昔も変わらない。
不倫相手との関係を続けるために借金をしているようでは、夫婦生活は遅かれ早かれ破綻し、家庭を失い、ボロボロの男性からは、恋人も去っていくだろう。金の切れ目が縁の切れ目、不倫の沙汰も金次第ということを肝に銘じておきたい。」

|

« 「ボヴァリー夫人」読書会(2) | トップページ | シンガポール料理「海南鶏飯」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

coquettishと言う英語はcocu(e)からきていたのですね。
「コニコの喫茶店」に来店し始めてから言葉や文章に「油断」しない奥様になれた気がします。(^^ゞ
18~19世紀と言えば、ショパンの生きた時代・・・興味深く、読書会の報告を読ませて頂きました。

投稿: MINA | 2010年8月 2日 (月) 10時38分

MINAさん、“言葉や文章に「油断」しない奥様”なんて素敵なことをおっしゃいますね。
そうそう、フローベールはショパンも生きていた時代の人。フローベールは、ジョルジュ・サンドとも親交があったようで、手紙のやりとりをしていたようです。

この時代のフランスは美術でも音楽でも、そしてもちろん文学でも魅力的ですねnote

投稿: コニコ | 2010年8月 3日 (火) 06時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/114487/35813255

この記事へのトラックバック一覧です: 「ボヴァリー夫人」読書会(3):

« 「ボヴァリー夫人」読書会(2) | トップページ | シンガポール料理「海南鶏飯」 »