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2010年9月28日 (火)

「骸骨ビルの庭」

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 骸骨ビルの庭(下)

著者:宮本 輝
販売元:講談社
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小川洋子さんの「メロディアス・ライブラリー」で紹介されてから是非読みたいと思っていた「骸骨ビルの庭」を読了しました。

わたしには、はじめての宮本輝作品です。時間を忘れて上下巻一気に読みました。冒頭から物語の舞台である大阪の十三(“じゅうそう”と読む)の街並みを一緒に歩いているような気になり、すっかり主人公である八木沢省三郎の視点で物語の世界に引き込まれてしまいました。

 彼は、骸骨ビルと呼ばれる建物の住人を立ち退かせるため、ビルの管理人として大阪にやってきます。そして、このビルは、戦後復員した二人の男、阿部轍正と茂木泰造が人生をかけて戦争孤児たちを育てた曰くつきの場所ででした。

時は、平成六年の出来事。といっても時代は阿部轍正が戦争で捕虜になる頃まで遡りもします。物語の構成は、八木沢省三郎(骸骨ビルの住民は“ヤギショウはん”と呼んでいる)の綴る日記と、骸骨ビルの住民らの自らの生い立ちと証言からなります。八木沢の一人称の声を中心に、ダッチワイフ作りをするなどユニークな住人たちの群像劇が展開していきます。

このビルの立ち退きには、阿部轍正の汚名を晴らすという茂木泰造の強い想いがあり、どんな結末が待っているのか、ドキドキしました。そして、辿りついたのが、まるで誠意という光りに包まれたようなラストシーン。真心ということを感じて胸が熱くなりました。

一読して、いくつもこころに留めておきたい言葉があったなと思い、ページをめくりました。上巻の、八木沢の日記から。

骸骨ビルでの生活は、私にありあまるほどの「考える時間」を与えてくれている。私は、もし骸骨ビルでくらすことがなければ生涯知り得なかったであろう不思議な人生に触れた。それは阿部轍正と茂木泰造が選んだ人生であり、親を失って骸骨ビルにやって来た多くの子どもたちがおくった人生だ。
 世の中には、もっともっと波乱万丈の、筆舌に尽くし難いドラマチックな人生もあるだろう。しかし私は、骸骨ビルで繰りひろげられた人生の劇に圧倒される。なぜなら、ここでたくさんの親のない子たちが現実に幸福になっていったと感じるからだ。
 なぜそう感じるのか。彼等が幸福になったかどうか誰にもわからないではないか。彼等は自分は幸福になったとは思っていないかもしれないぞ。
 そう問われると答に窮してしまうが、あの敗戦後の飢えた時代に、親に死なれたり、親に捨てられた子たちが、阿部轍正と茂木泰造によって生きる糧を与えられ、成長し、自分の仕事を持って、いままっとうに生きている。これこそが現実なのだ。
 ここは幸福の庭だ。孤児たちの飢えをしのぎ、土まみれになっての取っ組み合いの場となり、収穫の歓びも不作の哀しみも教え、世間の冷酷な視線から孤児たちを遮断した庭だ。
 そんな誉れの庭に、茂木泰造は私のために畑を与えてくれた。私はこれから土を掘る。(上巻260ページ)

知らず知らずに涙線がゆるんでいました。

そして下巻、阿部轍正の思い出から。

 それまでも幾度か、(お前たちの親になる)決意を不動にしたかに思える瞬間はあった。それらはそのたびごとに嘘ではなかった。だが、人間は変われない生き物なのだ。自分の人生を決める覚悟は、一度や二度の決意では定まり切れるものではない。何度も何度も、これでもかこれでもかと教えられ、叱咤され、励まされ、荒々しい力で原点にひきずり戻され、そのたびに決意を新たにしつづけて、やっと人間は自分の根底を変えていくことができるのだと思う。
 ぼくが変えなければならなかったぼくの根底とは何か。それは、自分のためではなく、自分の子どもたちのために生きる、という一念だった。(下巻171ページ)

戦後に生まれた、戦争を知らないわたし。こういう話こそ伝えていきたい日本の敗戦からの復興の記憶です。多くの方に読まれますように。

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