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2010年11月 6日 (土)

「流跡」

流跡 流跡

著者:朝吹 真理子
販売元:新潮社
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第20回ドゥ マゴ受賞作品、「流跡」を読みました。なんとも不思議な読後感。タイトルが「流跡」とあるように文字もイメージも流れてゆき、漂い、浮遊して、でも跡に残るものは痕跡というものではなく、読んだのかという不確かさが手からこぼれ落ちていくようでした。

たとえば、こんな文・・・

 はやく仕事を終えて家に帰りたい。しかし、帰るといったところでどこに。一体どうしていつのまに帰る家なんてものができたのか。・・・そもそも、帰るべき場所などはじめからなかったじゃないかと、一体いつから生きているのかと、どうしてこんなところにいるのかと、ふと思う。どうして夜舟に乗るはめになったかと考えはじめる。(中略)家路が思いだせない。熱のこもったあの部屋を思いだそうとしても、かたちがさだまらない。勾配のきつい階段もうつばりも水っぽい畳も抜け落ち、電球も溶け、近くの工場や荼毘所の煙突からはきでたいおうや煤塵がはいりこむ磨りガラスも木戸もくずおれ、砂壁もちりぢりになって、どんどん、とどめていたことのすべてがなまぬるい気体のようになって消えてゆく。(「新潮」2009年10月号 121ページ)

文字に書きつけたそばから、するすると意味がすり抜けていくような文章。実体を捉えようとしようにも、書かれているものがものなのか、人なのか、男なのか、鬼なのか、変化してとどまることもないのです。

そして、その文章のたたずまいには、どこか古風な怪しさがあり、死の世界を感じさせるものがあります。と思っていたら、先日のドゥ マゴ文学賞記念対談で、なんと朝吹さんの修士論文が鶴屋南北に関するものだとおっしゃっていました。それを聞いて腑に落ちました。「江戸時代の人が何をこわいと思っていたかを研究しています。」という発言も面白く、こころに残りました。彼女が国文科の学生とはいえ、「国歌大観」や『角川古語辞典」などを読むのが趣味というのも、驚きの発言。絶滅したことばをイメージし、ふたたび創作していく過程が朝吹さんには大切なのでしょう。それがいい形でことばのリズムを作っていく、そんな気がします。

「流跡」は原稿用紙、110枚の作品。今、長編に挑戦しているそうで、300~400枚のものを考えているそうです。この中編のような緊張感のあるイメージをどう綴っていくか、次の作品にも注目したいと思います。

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