« コンスタンチン・リフシッツという逸材 | トップページ | 「神様のカルテ」 »

2010年12月29日 (水)

「英仏文学戦記 もっと楽しむための名作案内」

英仏文学戦記―もっと愉しむための名作案内 英仏文学戦記―もっと愉しむための名作案内

著者:斎藤 兆史,野崎 歓
販売元:東京大学出版会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

NHKテレビの「聴く読むわかる!英文学の名作名場面」でお馴染の講師、斎藤兆史先生が英文学陣営、そしてスタンダール「赤と黒」の新訳でも話題の野崎歓先生が仏文学で撃って立つ文学戦記、十分楽しませてもらいました。

対戦は、全部で6回。それぞれ6冊ずつの各文学の名作が挙げられています。

たとえば第1回戦は、「19世紀の精神的な革命」と銘打って、英文学のジェイン・オースティンの『高慢と偏見』(1813年)を“結婚という幸福”という副題つきで語り合っています。そして、それに対するフランス文学は、スタンダールの『赤と黒』(1831年)が“恋愛による至福”という副題で相対しています。

この中でいわれている“仏英小説の仕立ての違い”が興味深いものでした。英文学では、中心人物が入れ替わって、時間も前後したりするけれど、フランス文学は、古典主義の演劇、「三一致の法則」(フランス古典主義演劇における劇作上の規則の一つ。三単一の法則とも言う。1日の内に[時の一致]、1ヵ所で[場の一致]、1つの筋が[筋の一致]描かれるべきだとされた)が効いていて『赤と黒』には読み手に読みづらさを感じさせないとか、なるほど~と納得しました。

見逃せないのが第3回戦。ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』(1849年)対フローベールの『ボヴァリー夫人』(1857年)。

読書会で熟読した本なので、とりわけ細部が思い出され、あるところではいたく共感したり、感心したり。特に斎藤先生がボヴァリー夫人をたぶらかすロドルフに憧れると発言したのが面白かったですね。そこの件をちょいと引用

文体の妙で感じたのは、農業共進会でロドルフが誘惑する場面ですね。これも演説と口説き文句とのリズムがものすごく絶妙なんですよね。最後の口説き落とされるあたりになってくると、その共進会の演説と二人の会話が代わる代わる、小刻みに現れる。本当にエンマが誘惑されてドキドキ、ドキドキって鼓動が激しくなっていくのが伝わるような描写なのね。これは素晴らしい。本当に細部まで考えて書いているというのがよくわかるね。また、このロドルフっていうのはなかなかいいね(笑)。これほどの技を持っているんだから。(「英仏文学戦記」116ページ)

ここのシーンは私も印象に残り、読書会でもみんなで朗読したところでした。

また、「ボヴァリー夫人」が出版当時、フランスではこの小説が風俗壊乱の罪と宗教に対する侮辱罪に問われたということは知っていたのですが、どういう背景があったのかが分からず、いま一つピンとこなかったのでした。が、今回、斎藤先生と野崎先生がイギリスとフランスにおける社会的な小説の意味がまったく違うということを話しておられたので、やっと「なるほど」と思えました。

野崎:作中でもシャルルのお母さんは、ともかくエンマには小説を読ませるなと言って、小説を禁じますよね。それが良識の側の小説観を代表している。エンマが変になっちゃうのは小説を読むばかりで、家の仕事をとくにしないでぶらぶらしているからだ、日々労働して、小説ではなく聖書を読んでいれば人間なにも悩むことないんだと。反対に、労働と宗教による生活の保障というのを取っ払ったところにエンマの世界があるわけね。

斎藤:イギリスだと、特にヴィクトリア朝だと炉端で誰かが物語を読んで聴かせる。それは非常に平和な家族の風景だよね(笑)。ところが、一方の国(フランス)ではそれが禁じられているという。

野崎:エンマの最後のシーンとか、そんなものは家庭の団らんのひと時に読めないよね(笑)(同上121ページ)

フランスでは、小説っていうものは、とりわけ若い女性にはふれてはいけない毒物だという発想があったというのですから、それを承知の上で、確信犯的にフローベールはボヴァリー夫人に小説を読ませているわけですね。やるわ~。結局、起訴された罪は無罪になったわけで、そこもなかなかフランスの面白いところでもありますね。

その他の対戦も興味深いものが多く、特にE・M・フォースター『ハワーズ・エンド』(1910年)と
カミュ『ペスト』(1947年)は読んでみたくなりました。来年も読みたい本、続出です。文学好き、本好きには共感できるところが多いと思います。面白いですよ~。

|

« コンスタンチン・リフシッツという逸材 | トップページ | 「神様のカルテ」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コニコさん
いつも興味深い記事を読ませていただきありがとうございます。あわただしくしてて、ゆっくりコメントできずにいるのですが、一日の大半を育児に追われている私にとって、いい知的刺激をいただいています。ご紹介のこの本も、面白そうですね。スタンダールの「赤と黒」、オースティンの「高慢と偏見」どちらも読んでいるのですが、イギリス文学と仏文、漠然とした違いを感じながらも、何が違うのか分からずにいたので、この本、読んでみたいです。

この仏文学者の野崎先生、もしかしたら違う方かもしれませんが、大学時代の指導教官(社会学なのですが)、個人的な知り合いだったのか、「仏文学者の野崎さんは、原稿用紙X枚(正確な数字は覚えてないのですが、一桁だったはず・・・)を書くのに、リヤカー一台分の文献を読んだ」とおっしゃっていたのを覚えています。この言葉、その後大学院にいったときも、今でもときどき思い出すことがあります。

来年も、またブログ楽しみに読ませていただきますね。よいお年をお迎えください。

投稿: michi | 2010年12月31日 (金) 05時26分

michiさん、明けましておめでとうございます。
お返事が遅くなりましたが、なんと世間は狭いもの。おっしゃられている先生がこの本の先生と私も同じ方のような気がします。

私もmichiさんの、子育て中の忙しい中を素敵なことばで綴ったブログを楽しみにしています。

どうぞ今年もよろしくお願いします。ご家族皆様の健康とご多幸をお祈りしていますhappy01

投稿: コニコ | 2011年1月 2日 (日) 00時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/114487/38197327

この記事へのトラックバック一覧です: 「英仏文学戦記 もっと楽しむための名作案内」:

« コンスタンチン・リフシッツという逸材 | トップページ | 「神様のカルテ」 »