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2011年1月27日 (木)

原書「A Moveable Feast」(「移動祝祭日」)

A Moveable Feast A Moveable Feast

著者:Ernest Hemingway
販売元:Arrow Books Ltd
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ようやく原書を読み終えました。去年はなかなか月1冊をこなせなかったのですが、今年はがんばれますように。

というわけで、1月の原書は、Ernest Hemingwayの「A Moveable Feast」(邦題「移動祝祭日」です。

この本は、ヘミングウェイが1961年にライフルで自殺した後、1964年に発表されたもので、彼が1920年代に過ごしたパリやその頃の交友関係を描いた、貧しいけれど幸福な時代の自伝。

音楽ではショパンが生きた頃の1830年代のパリのように、美術ではマネやモネが生きていた頃の1870年代のパリように、そして1920年代のパリには、きら星のごとく文人が集まっていたのですね。この本の著者のヘミングウェイにはじまり、「Lost Generation(失われた世代)」と呼ばれたアメリカの作家フィッツジェラルド、ジョン・ドス・パソス、そして詩人のエズラ・パウンド、ジェイムズ・ジョイスなど、凄いメンバー。タイムマシーンに乗ってこの時代を見てみたい気がします。この本の中盤には、パリのドゥマゴ(Bunkamuraのドゥマゴのもとになるお店)でヘミングウェイとジェイムズ・ジョイスがシェリーを飲むなんてシーンもあり、まるで映画のよう。

ヘミングウェイがまだ小説を書き始めたばかりの修行の時代に、ロシアの作家を貪るように読んだ件とか、奥さんのハドリーと競馬にいった話など、生き生きと書かれて貧しくてもみなぎるエネルギーを感じさせます。

でも、何といっても興味深かったのがフィッツジェラルドのことを書いた「フィッツジェラルド」と題した章。フィッツジェラルドが滑稽なほど悲劇的に描かれています。お酒を飲む時のその振る舞いは悲惨なのにどこか一途なところがあり、ギャッツビーを彷彿されます。

その章で、ヘミングウェイがフィッツジェラルドとリオンへの旅行を語っているのですが、スコットは、時間にはルーズだし、お酒を飲むとすぐ具合が悪くなるし、一度言いだしたらこどものように自分の思うようになるまで駄々をこねるし、とにかく世話が焼けること。こんな友だちと旅行に行ったら、もう友だちではいられなくなりそう。一番印象的だったのが、ヘミングウェイがフィッツジェラルドとどんな作品を書いていくかについて語ったところ。少し長いですが引用します。

I (Hemingway) thought he (Fitzgerald) wrote Saturday Evening Post stories that had been readable theree years before but I never thought of him as a serious writer.  He had told me at the Closerie des Lilas how he wrote what he thought were good stories, and which really were good stories for the Post, and then changed them for submission, knowing exactly how he must make the twists that made them into salable magazine stories.  I had been shocked at this and I said I thought it was whoring.  He said it was whoring but that he had to do it as he made his money from the magazines to have money ahead to write decent books.  I said that I did not believe anyone could write anyway except the very best he could write without destroying his talent.  Since he wrote the real stroy first, he said, the destruction and changing of it that he did at the end did him no harm.  I could not believe this and I wanted to argue him out of it but I needed a novel to back up my faith and to show him and convince him, and I had not yet written any such novel. (p.85)

三年ほど前、彼の面白い短編が何度か「サタデイ・イヴイング・ポスト」誌にのったはずだが、彼が純文学系の作家だとは一度も考えたことはなかった。そういえば、クロズリー・デ・リラで会ったとき、彼はこんなことを打ち明けた――自分はまず、いい短編と思われるものを書く。それは実際、「ポスト」向けのいい短編なのだが、それにどういう味付けをすれば雑誌で評判をとる短編になるか、そのコツを自分は心得ているので、最終的な手直しを加えてから原稿を渡すのだ、と。それを聴いてショックを受けた私は、それは金目当てに身を売るようなものじゃないか、と言った。たしかにそうだよ、とスコットは応じた。しかし、いずれちゃんとした本を書くための予備資金として雑誌の原稿料を稼いているのだから、そうせざるを得ないのさ、と。私は反論した――しかし、どんな書き手でも、自分に書ける最上の作品以外のものを書いていたら、せっかくの才能を損なってしまうんじゃないのかな。それに対して、スコットはこうやり返してきたのだ――いや、自分は最初に本物の作品を書きあげておくわけだから、最後にそれを解体しようと変更を加えようと、何のマイナスにもならないさ。私にはそれは屁理屈にしか思えず、なんとか彼を説得してそういう姿勢を改めさせたかった。けれども、そのためには、私の信念を裏付ける具体的な長編がなければならない。それを彼に見せて初めて、彼を説得できるというものだろう。そういう長編を、その時私はまだ一冊も書き上げてはいなかったのだ。(翻訳「移動祝祭日」216ページより)

この頃は、フィッツジェラルドが「The Great Gatsby」を書いた直後で、ヘミングウェイが「The Sun Also Rises」を書いている時という、アメリカ文学の煌めく瞬間だったわけです。それにしても売れるための小説を書くことを“whoring”(身を売る)と言っているのは驚きです。確かにフィッツジェラルドには原稿料ほしさに短編を連発したということもあったようで、彼の生涯を考えると、何か切ない気持になってきます。そして、ヘミングウェイの一途な新米の作家気構えも胸に迫ります。

そんなこんなを想いながら、最終章の「There Is Never Any End to Paris」まで来て、何が哀しいかわからず涙が出てきました。ヘミングウェイが60歳頃に、とてもとても貧乏だったけれど、とてもとても幸せだった20代の日々を懐かしんいる――ヘミングウェイもフィッツジェラルドも、ジョイスも、みんな死んでしまったけれど・・・最後のパラグラフ There is never any ending to Paris は、あまりにも美しく哀しく感じられました.名文です。

移動祝祭日 (新潮文庫) 移動祝祭日 (新潮文庫)

著者:アーネスト ヘミングウェイ
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確

翻訳も2009年に新訳が出ておススメです。

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コメント

“移動祝祭日”という言葉が、何か記憶のどこかでひっかかっていて、しばらく考えて、はっと思い出しました。

梶尾真治さんのSF短編集『時空祝祭日』です。
「黄泉がえり」の作者の人といったら今ではわかりやすいでしょうか?
学生の頃大好きで、何度も読み返していた作品です。
表紙のイラストまで思い出してきましたよ。

いろいろなタイプの秀逸な短編が、ぎゅっとつまった一冊でした。今では多分、絶版だと思います。
私の部屋のどこかにはあるはず。探して読み返してみたくなりました。

80年代のSFが生み出した幸福な短編集と思います。今ではもうあのような作品は出てこないでしょう。せつないものから、どたばたなものまで、どこかブラッドベリに似た味わいもあります。

コニコさんのおかげで、記憶の奥の一冊を思い出しました。いやはや、人間の脳みそって不思議だなあ、などと
思ったりして。

投稿: なずな | 2011年1月30日 (日) 23時53分

なずなさん、ふとしたことばがきっかけで子どもの頃のことや、高校生だった頃の体験を思い出す事ってありますよね。「移動祝祭日」がなずなさんの記憶を蘇らせたなんて、すてき。

でも、「時空祝祭日」を探してみましたが、やはり絶版のようです。図書館でもないということで、残念です
。゜゜(´□`。)°゜。

投稿: コニコ | 2011年1月31日 (月) 22時52分

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