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2011年1月12日 (水)

「ナニカアル」

ナニカアル ナニカアル

著者:桐野 夏生
販売元:新潮社
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やっと桐野さんの新作を読めました。 「IN」以来9か月ぶりです。

「ナニカアル」は重量感のある小説でした。413ページがずっしりとした重さで迫ってきます。

時代背景は第2次世界大戦、戦時下。戦争という時代に深く関わりながら、作家として生き、ことばを紡いでいった林芙美子の半生を記した小説。核になるのは、芙美子の道ならぬ恋愛―南方従軍地での逢瀬。

その恋愛の激しさもリアルに描かれて迫力がありましたが、印象的だった人物は、従軍地で芙美子の世話をする野口(実は憲兵)と、ボルネオ島のバンジェルマシンという町に住む金原藍子の二人。

野口は、飄々として得体の知れない不気味さがあり、人の弱いところを抉るような馴れ馴れしさが逆にヒタヒタとした恐さとなってしのびよります。戦争という魔物が人の言動を全部コントロールしようというシステムを人の心に植え付けるようで、その怪物を象徴するかのようでした。

それに対して、金原藍子は、戦争前に苦労して南方で成功した父親を見て育った日系移民。日本人としての自覚はありながら、日本で育ったことはなく、内地の人間から戦争に反対する輩として目をつけられてしまいます。芙美子と藍子の会話で、こんな言葉がありました。

 寒気がした。私たちはいったい何に取り囲まれているのだろう、と私は恐ろしくなった。安全な場所などどこにもないのだった。そう気付いた時に初めて、特派員だった健太郎の孤独や、藍子の祖国に裏切られた気持ちに、思いが至るのだった。
 「藍子さん、平気な顔して笑っていた方がいいわ。きっと鵜の目鷹の目で、あなたのご家族を狙っている人たちがいるのよ。気を付けて」
 「それはいったい誰なんです」
(中略)
 「わからないわ」
 私はビールをひとくち飲んだ。温かかった。その正体は、戦争というものなのだ、としか言えなかった。「非常時」という事態が、人々から尊敬と信頼を奪う。(265ページ)

真綿で首を絞められるようにだんだんと周りが疑心暗鬼になっていく様子が詳細に描かれて、それぞれ同じ日本人でも孤立していく苦しみが重く感じられました。

この本は、出だしの読みにくさが難点ですが、小説の構成が把握できると、最後まで読ませてくれる熟練の上手さがあります。構成は、プロローグとエピローグの書簡、そして本編に当たる芙美子の回想録。書簡の中には、読み手にも問いかけるような問題が投げかけられています。はたして、この回想録はフィクションなのかノンフィクションなのか?そして、この回想録を破棄すべきか、林芙美子のものとして保存公開すべきか?という2点も重く問われています。巻末にある膨大な参考文献をみて、この「ナニカアル」という小説が小説であるということがわかっていても、限りなく芙美子の生の声に近いと感じるのは、桐野さんの芙美子への執念のようなものがあるからでしょう。私も、フィクションとノンフィクションの線をはっきりと引くことは出来ずに、最後の頁を読み終えました。

読み応えのある小説、堪能しました。
 

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