« 「ソーシャル・ネットワーク」 | トップページ | コーヒー値上げですよ »

2011年2月27日 (日)

「The Death of Ivan Ilyich」(「イワン・イリイチの死」) by Leo Tolstoy

Norton Anthology of World Masterpieces Norton Anthology of World Masterpieces

著者:MacK Maynard
販売元:W W Norton & Co Inc (Np)
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2月も月末。今月の月1で取り上げる「原書でキャンペーン」は、ちょっと風変わりです。原書はロシア語ですので、原書ではないのですが、ロシア語を英語に翻訳したものを読んでみました。トルストイの名作、「イワン・イリイチの死」です。

読んだのは、手元にあるずいぶん前に買ったノートンの「世界名作選集」の中から。トルストイの代表作として載っているものです。

なぜこれを読もうと思ったかは、小川洋子さんの「メロディアス・ライブラリー」で取り上げられ、とても印象に残ったから。

あらためて文字で読んだ感想は、トルストイの筆致の深さ、鋭さを感じさせるもので、50ページにも満たないものなのに、人間の本質を語る小説でした。

この物語は、主人公のイワン・イリイチが死んだことを知らせることから始まります―“Gentlemem,” he said, “Ivan Ilyich has died!”

そして、淡々とイワン・イリイチがどんな人生を送ってきたかが語られるのです。一人の物語がいつの間にかすべての人間が対峙する生と死の問題に拡がっていき、死んでいく人間と、やがて必ず死ぬ運命でありながら死ぬはずのないと考える人間が描かれていきます。

特に考えさせられたのが、6章のはじめの部分。望月哲男さんが新訳したものも参考に載せておきます。

Ivan Ilyich saw that he was dying, and he was in continual despair.
In the depth of his heart he knew he was dying, but not only was he not accustomed to the thought, he simply did not and could not grasp it.
The syllogism he had learned from Kiesewetter's Logic: "Caius is a man, men are mortal, therefore Caius is mortal," had always seemed to him correct as applied to Caius, but certainly not as applied to himself.  That Caius--man in the abstract--was mortal, was perfectly correct, but he was not Caius, not an abstract man, but a creature quite, quite separate from all others. 

 自分が死ぬと悟ったイワン・イリイチは、たえず絶望に駆られていた。
 心の奥ではイワン・イリイチは自分が死ぬとわかっていたのだが、しかしそのことになじめないばかりでなく、単にそれが理解できない、どうしても納得がいかないのだった。
 昔キーゼヴェッタ―(ドイツの哲学教授)の論理学でこんな三段論法の例をならった――「カイウスは人間である。人間はいつか死ぬ。したがってカイウスはいつか死ぬ」。彼には生涯この三段論法が、カイウスに関する限り正しいものと思えたのだが、自分に関してはどうしてもそう思えなかった。カイウスが人間であり、人間一般であること――そこには何の問題もない。だが自分はカイウスではないし、人間一般でもなくて、常に他の人間たちとはぜんぜん違った、特別の存在であった。(「イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ」光文社古典新訳文庫86ページ)

この考えは、冒頭でも語られ、イワン・イリイチの同僚が彼のお葬式に来た時にも、「死んだのはイワン・イリイチであって、自分に起きたことでない。」と安堵する場面があります。人間がいつかは迎えることになる“その時”のことが、イワン・イリイチを通してひりひりと痛いほど描かれています。家族も同僚も、特に医者もなんの助けにならず、イワン・イリイチは生きる最後を死とともに過ごします。英語では忍び寄る死のことを“it”と表現し、日本語の翻訳では“あいつ”と暗喩的に使われていました。そんな中で唯一の救いがGerasim(ゲラーシム)です。彼がひとり、イワン・イリイチが死んでいくということを認め、他の人が“お互いにわかっていることを認めようとせず、いくらイワン・イリイチの症状がひどくても死ぬことはないと嘘をつく”ようなことはしないのです。

最後には壮絶な死が待ち受けていたのですが、彼は死ぬことで彼を“苦しめた死”から開放されていました。

今回、英語を読んで、日本語の翻訳を読み、読むごとに発見がありました。また、読めたらと思います。

日本語の翻訳、光文社からのものは、トルストイのもう一遍「クロイツェル・ソナタ」も入っています。こちらは、ベートーベンのヴァイオリン・ソナタに触発されて書いたものだそうで、ちょっとサスペンス風の小説です。トルストイと彼の妻のソフィアの夫婦間の争いのことを思いながら読みました。なかなか面白い作品です。

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫) イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

著者:トルストイ
販売元:光文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 「ソーシャル・ネットワーク」 | トップページ | コーヒー値上げですよ »

原書でキャンペーン」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

初めまして、
この本、最近英語版で読み始めました。日本の姪と話していたんですが、この本はイワンのばかのイワンとは関係ないのでしょうか?インターネットで調べたのですが、どうも答えが探せなくて。もし教えて頂けると嬉しいです。

投稿: 城田邦仁 | 2012年2月 2日 (木) 01時24分

城田さん、はじめまして。コメントをありがとうございます。
2つのお話のタイトルに同じ“イワン”がついているので関係がありそうですが、わたしもはっきりとはわかりません。ただ、「イワンのばか」が1885年、「イワン・イリイチの死」が1886年と近い時期に書かれていて、ともに教訓色の強い話という共通点はあるのかもしれませんね。わたしが思いついたのはそのくらいです。

どうお考えになりますか?

投稿: コニコ | 2012年2月 2日 (木) 21時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/114487/38975089

この記事へのトラックバック一覧です: 「The Death of Ivan Ilyich」(「イワン・イリイチの死」) by Leo Tolstoy:

« 「ソーシャル・ネットワーク」 | トップページ | コーヒー値上げですよ »