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2011年7月 5日 (火)

「創られた『日本の心』神話」

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書) 創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

著者:輪島 裕介
販売元:光文社
発売日:2010/10/15
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井上章一氏が日経の書評で5つ★で褒めていたので、読んでみました。それに、タイトルに神話とついていたし、何かありそう・・・。

なるほど、「演歌は日本人の心」なんていうセリフを今言っても、異論を唱える人は少ないと思うのですが、この著者の輪島氏は、“演歌”の生い立ちを丁寧に調べていって、最後の最後に 「演歌」は 「日本の心」か? という質問を投げかけています。

そもそも、「演歌」と「艶歌」はたまた「援歌」、そして「流行歌」と「歌謡曲」の定義自体がなんともあいまいな私。だんだんこんがらがってきたりしましたが、時代が今に近づくにつれて、面白味が増してきました。

時は、1967年五木寛之が「艶歌」というタイトルの小説を書いていて、その後、小説を地でいくような不幸なイメージの藤圭子がデビューし、「圭子の夢は夜ひらく」が一世を風靡しています。そして、その曲が大ヒットした1970年版「現代用語の基礎知識」に実は、「70年版増補語・日常語」として「演歌(艶歌)」の項目が初めて立てられたというのです。

それまでは、演歌という言葉自体が大衆音楽のものではなかったという発見は、驚きでした。そして、そんな言葉が出来る前には、演歌のテーマになる「アウトロー」、「貧しさ」、「不幸」が進歩的な思想の枠組では否定され克服されるべきものであったのが、そこにこそ日本の庶民的、民族的な音楽が宿っているとした価値観の転換があったとは。

60年安保以降の反体制思潮を背景に、寺山修司や五木寛之のような文化人が、過去に商品として生産されたレコード歌謡に「流し」や「夜の蝶」といったアウトローとの連続性を見出し、そこに「下層」や「怨念」、あるいは「漂泊」や「疎外」といった意味を付与することで、現在「演歌」と呼ばれている音楽ジャンルが誕生し、「抑圧された日本の庶民の怨念」の反映という意味において「日本の心」となりえたのです。(290ページ)

この論理には、説得力があり。当たり前と思っていた「日本の心」は、ここ40年くらいのものだということなんですね。当たり前だと思っていた「演歌は『日本の心』」を問い直した輪島氏の試みが素晴らしい。

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