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2012年6月 1日 (金)

「音楽力が高まる17の『なに?』」

どこかの書評で読んで面白そうだと思い、手に取りました。いままで知っているようでちゃんと理解していなかった「なに?」を17つの章に分けて楽しく綴った音楽エッセイ。「オーケストラってなに?」、「聴くってなに?」、「旋律ってなに?」など、どれどれ、どういうことと惹き込まれました。

夏にヴァイオリンの発表会を控えて、なんとしても上手く弾けるようになりたいコニコは、「この本を読めば、少しは上手くなるかも」なんてスケベ心がありhappy02

そんな私の下心をお見通しのように「練習ってなに?」の章のこんな言葉に一喝されました。

 音楽の練習をするとは、音楽に恋文をしたためるようなものだ。(中略)練習は己が想いを音楽に伝えるための手段だ。
 
 自分が上手になりたいから練習をする、ではダメだ。音楽から愛されるための《音楽への呼びかけ》こそが練習なのだ。(200ページ)

この他にも、音楽と絡めて含蓄のある言葉がちりばめられています。

(メロディーは他者を必要とする)音楽の主導権を握っているのがメロディーであることは誰しも認めるところだろう。にもかかわらず、リズムとハーモニーという他者の存在なしに、それは存在できない。音楽の支配者でありながらも、リズムやハーモニーのように独り立ちできないのだ。その本質が他者を必要としているからだ。それは「他者の存在」なしには生きることのできない私たち自身の生と重ね合わせることができないだろうか。主体的にみえる人間の生が、実は他者の支えのなかで営まれていることと、なんと似ていることか。(128ページ)

その他、世界を冠たるオーケストラが誕生した背景には「多様性を否定する近代的合理精神」があったとか。それまでというか今でも、世界にはもっと地域と時代を反映した豊かな楽器や音律が存在してきたのに、ヨーロッパ基準の音楽が産業革命以後の力関係と結びついて、オーケストラを成立させていき、それぞれの楽器が、その故郷を喪失していったことも、なるほどと思えて面白かったですね。筆者曰く、「(楽器は)誰のものでもなくなったがゆえに、全ての人のものになった」というのです。

また、「のだめカンタービレ」でも千秋が言っていたの思うのですが、“中世の音楽観”は、神が支配する宇宙の調和を司る数学的思考を伴った哲学であったそうです。それが、モーツァルトあたりから、集中して音楽を聴くことを人に強要しだしたというから、驚きです。つまり、音楽の聴き方は時代とともにかわっているというのです。やがて、「聴く」からP.A(増幅装置)の導入による「聴かされる」音楽に変わろうとしているという予言もさらに驚きでした。

最後に「ピアノってなに?」の章で、こころに残った詩的なこと・・・いまのピアノって、弦1本あたりの張力が90㎏に達し、1音に原則3本の弦が張られて、なんと20トンを超える張力がピアノ全体にかかるようになったんですって。それを受けて、

一つひとつの音の周りにある20トンの静寂を耳にしているのだ
選択されなかった音たちの哀しみの音色を聴いているのだ(121ページ)

取りとめもなく書きましたが、練習の合間に読んで、音楽の世界の懐の深さや歴史の面白さを感じさせてくれた本でした。200ページちょっとの本なので、通勤・通学でも手軽に読めるお薦めの本です。

音楽力が高まる17の「なに?」

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