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2012年7月17日 (火)

選評と「道化師の蝶」

17日に新しい芥川賞の発表があり、今回は女性の鹿島田真希さんの「冥土めぐり」が受賞しましたね。

いつも遅れているコニコですが、文藝春秋3月特別号で前回の芥川賞2作を読んでみました。この掲載雑誌に載っている芥川賞選評がいつも楽しくて、今回も作品を読むのと同じくらいどう評しているか、期待しました。

すっかりインタビューで有名になってしまった田中慎弥氏と、発言が地味な円城塔氏は、見た目だけでなく、作品でも真逆の小説でした。

かたや伝統的な小説と、かたや実験的ともいえる小説―コニコの好みは「道化師の蝶」の方でした。

ことばを使って成り立っている小説自体を実験材料として、網ですくい取ろうとするように感じます。それは、着想、発想、妄想、奇想のコレクションのようでもありました。

たとえばこの小説の重要な登場人物エイブラムス氏は、語り手“わたし”にこう話します。

「書く環境が大切だということですか。たとえばわたしが作家を雇い、今のわたしのように四六時中飛行機の中に閉じ込めておくとしましょう。その作家が書くものは、移動中に読むにたえるものとなりましょうかな」(中略)

「何かを受注した以上、使用に即した作品を仕上げる義務が作家にはある。契約ですから。飛行機の中で読むことのできる作品を仕上げるという仕事を受けたなら、実際にその作品が飛行機の中で読むのに適しているということが実証されてはじめて、納品完了ということになるわけです。そうですね、この場合、無作為に選んだ乗客たちの三割程度が読みとおすことのできる作品を書くというあたりを、契約の条件とするべきだ」
(文藝春秋「421ページ)

こんな考え方、フツーしないでしょ。実際、この小説はとても変な話です。芥川賞選者の中には、この作品を小説といえないといった人もいたようでした。その中で、この作品を強く推したのが、川上弘美さんだったらしいのです。彼女の選評「あらゆる猫」という文章の中で「道化師の蝶」を評するのに、彼女が受けた「量子力学」の授業を引き合いに出してこんなことを書いていました。

「世界にはどうやら、日常の言葉ではとうてい説明しきれない現象が存在する。けれど、説明しづらいその現象は、たとえば遠い宇宙の果てで起っている自分と無関係なもの、というわけではなく、ごく身近なところでいくらでも起っている――げんに、電子は私の体をかたちづくる無数の原子を構成する物質そのものなのだから――のであるなあ、ひゃあ、これはまた難儀な」ということのなのでした。
 ここにある日常。または非日常。この世界の一部。また、この世界の全体。それらを眺め思考し、物語をつくりだす。それが、小説です。(文藝春秋364ページ)

川上さんは、「道化師の蝶」に、つかめそうでつかめないもの、言葉であって、言葉でないものを感じたのではないでしょうか。

また、選者の島田雅彦氏も、この小説を評価してこういっています。

「道化師の蝶」はそれ自体が言語論であり、フィクション論であり、発想というアクションそのものをテーマにした小説だ。自然界に存在しないものを生み出す言語は、生存には役立たないもの、用途不明のもの、しかし、魅力的なものを無数に生み出すユニットであるが、小説という人工物もその最たるものである。日々、妄想にかまけ、あるいは夢を見て、無数の着想を得ながら、それらを廃棄し、忘却する日々を送る私たちの営みは、まさにこの小説に描かれているような性懲りもないものである。この作品は夢で得たヒントのようにはかなく忘れられてゆく無数の発想へのレクイエムといってもいい。
(文藝春秋369ページ)

手にとることのできないこの“無数の発想”を蝶にたとえ、網で捕えることができたら――と考えること自体、すごい発想という、考えのラビリンスに陥りそうです。

たまたま読んだ、この本のあるレビューで、「マグリットの絵を文章化したらこうなるんじゃないだろうかと思いながら読み進めた」というものがありました。マグリットの有名な絵、「これはパイプではない」のような、シュールな感覚がずっと残る不思議な小説でした。

マグリットが面白いと思えると同じように、この本も面白いかなと思えました。

道化師の蝶

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