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2012年10月29日 (月)

アランの「幸福論」

去年のETVで放送された「100分de名著 アランの『幸福論』」を録画しておいたのですが、やっと100分の時間をみつけてみてみました。そしてついでに本も読んでしまおうと手にとってみました。

いや~、アランという人は、行動する哲学者だったんですね。人が憂鬱になるより先にまずは体操をすすめたり、情念に囚われそうになったら上機嫌のふりをして笑顔をふりまくことを説いたり、「幸福論」は生き方の上質なハウツー本だったんです。

特に心に留めておきたい文章を引用してみました。

およそ幸福というものは、本質的に詩(ポエジー)であり、ポエジーとは行動を意味するからである。人は棚ぼた式の幸福をあまり好まない。自分でつくり上げることを欲するのだ。子供はわれわれの庭をまるで見向きもせず、砂の山や麦わらの切れっぱしなどを使って、自分で立派な庭をつくる。蒐集を自分でしなかった蒐集家というものが考えられようか。(「行動する」136ページ)

幸福はいつでもわれわれから逃げてゆく、といわれる。ひとからもらった幸福をいうなら、それは正しい。もらった幸福などというものはおよそ存在しないからだ。しかし、自分でつくる幸福は決して欺かない。それは学ぶことであり、そして、人はたえず学ぶものだ。知れば知るほど、学ぶことができるようになる。ラテン語学者の楽しみもそういうものだ。そこにはきりというものがなく、むしろ進んだだけ楽しみがふえる。音楽家であることの楽しみも同様だ。そこで、アリストテレスはこんな驚くべきことを言う。真の音楽家とは音楽を楽しむ人であり、真の政治家とは政治を楽しむ人である、と。「楽しみとは能力のあらわれである」と彼は言っている。(「アリストテレス」152ページ)

思い悩んで、やりたいことを行動にうつせないより、まずは行動力。そして、自らが主役となり、幸福にならなければならにという「幸福の義務」を全うしたアランは、きっとこの本を書く事自体が幸福の証だったのでしょうね。

読書の秋に行動する哲学を読んで、充実の季節をお迎えくださいませ。

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