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2012年12月の記事

2012年12月31日 (月)

一年の感謝を込めて

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今年一年も今日でおしまいですね。2012年、「コニコの喫茶店」に遊びに来てくれた方、コメントを寄せてくださった方、通りすがりの方、皆様、ありがとうございました。

コニコにとって家族皆、元気で過ごせて良き一年でありました。

どうぞよいお年をお迎えくださいwine

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2012年12月30日 (日)

映画「アルゴ」(Argo)

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すごい映画です。よくぞ作ったという意味ですごいのと、すごく面白い映画だという意味ですごいのです。実話だというのに、嘘みたいな話です。

コニコが今年観た洋画の中でベスト3に入ります。

お話は時代を遡ること33年前。イランで起きた米国大使館占拠事件が起きる瞬間から始まる2時間、ノンストップの息詰まるサスペンスです。大使館に残った52人の人質が長期にわたって、とらえられていたということは、おぼろげながら私も覚えていました。でも、その他に、大使館を脱出した6人のアメリカ人がいたとは。そして、彼らを救うためにCIAが考えた途方もない作戦が、イランに映画のロケハンを送ることだったのです。

その製作予定の映画のタイトルが「アルゴ」。ハラハラドキドキの2時間。信じられない結末はまったく圧巻です。この映画のネタバレはなし、ぜひ映画館で!

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監督&主役をつとめるベン・アフレックの才能が炸裂した作品です。渋いわ~。そして、脚本もいいんです、本当に。

だまされたと思ってどうぞご覧下さい。この映画、歴史をだましたような映画ですから。

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2012年12月28日 (金)

舞台「トロイアの女たち」

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今年は、5月に蜷川演出の「海辺のカフカ」を観ました。その演出の斬新さとテンポの良さに久々に芝居の楽しさを味わわせていただきました。

精力的にお仕事をされている蜷川さんですが、中でも12月17日に観に行ったギリシャ悲劇「トロイアの女たち」は、いろいろな意味で刺激的な舞台でした。

そのキャストの構成があっと驚くものです。日本人とユダヤ人、アラブ人が一緒になって、母国語のセリフをいいながら、ひとつの芝居を作り上げていました。

冒頭のシーンは、月が浮かぶ海からポセイドンがトロイ戦争の敗北を伝えていますが、ポセイドンを演じるアシュラフ・パルホウムさんはアラブ人で、セリフはアラブ語です。まったくGreek to meでしたが、舞台の両サイドにはオペラのように字幕が出ていました。

ギリシャ劇で欠かせないコロス(コーラス)も15人の女性で、その内わけが日本人5人、ユダヤ人5人、アラブ人5人。主役、トロイの女王、へカベ(白石加代子さん)に連れ添うようにコロスの女たちは、3グループになり、へカベの気持ちや自分たちの敗者の運命を物語ります。最初に日本人のグループが訴え、そして同じ意味のセリフをアラブ人のコロスとユダヤ人のコロスが繰り返します。この言葉が違っているのに同じことを繰り返すということが、劇が終わるまで続きます。その繰り返し効果が、じわじわと効いてきます。まるで世界中でいま起こっている紛争渦中の女たちの嘆きが聞こえてくるように、エコーする戦争による悲しみ、怒り、恨み、絶望が延々と繰り返されるのです。アラブ語がわからなくても、ヘブライ語がわからなくても、そのほとばしる感情を観客は受け止めることになります。

へカベの娘、カッサンドラはプリンセスでありながら、敵将の愛人にされてしまう運命です。まるで「ハムレット」のオフィーリアのように半狂乱で演じるオーラ・シュウールさんは、ユダヤ人。へカベの息子ヘクトルの妻、アンドロマケは、トロイ王家の血筋を引く息子を殺されてしまう運命です。その役を演じるラウダ・スリマンさんはアラブ人。今、現在進行形でおこっているイスラエルとパレスチナの紛争が紀元前2500年頃の女たちの悲劇に重ねられているように思えます。そして、突き詰めると、実は言葉が違っていても、人間の悲しみは普遍的に同じものであることが浮き上がってきます。

3カ国語同時上演、国境を超えたキャストが、それぞれの民族性を際立たせながらも、普遍の言葉を紡いでいった意欲的な劇でした。

今年、蜷川さんの2つの素晴らしい劇を観られたことは、わたしにとってとても幸運なことでした。ギリシャ悲劇がなぜ今、上演されるか、その答えが「トロイの女たち」にみえた気がします。

追伸:コニコのこぼれ話

コニコがすわった席のとなりのとなりが野田秀樹さんの席でした。開演のベルがなって、暗くなってから入ってきたのですが、ばっちり「野田さんだ~」ってわかっちゃいました。時々チラリとみると、身を乗り出して見ている様子。蜷川さんの演出、気になるのね。

休憩時間には、なんと、あらっ、萩尾望都さんらしき人もお見かけしましたよ。もしかしたら、マンガ「トロイの女たち」なんていうのも出るかも?

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2012年12月26日 (水)

バッハ・コレギウム・ジャパン 聖夜の「メサイア」

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たくさんの友だちから「バッハ・コレギウム・ジャパンはいいよ~」という声を聞いていましたが、やっとのこと、生で聴くことができました。それもサントリーホールのクリスマス・コンサートとなれば、期待度もいや増します。

演目は、大好きで、しかも高校時代に歌ったこともある、思い出の「メサイア」です。年末の「第九」は、すっかり日本の風物詩のようになりましたが、クリスマスの「メサイア」は、まさにキリスト生誕の時期にふさわしいもの。

バッハ・コレギウム・ジャパンは、鈴木雅明氏がバッハの音楽を中心としたスペシャリストを擁して結成したオーケストラと合唱団です。今年6月、ドイツのライプツィヒで、鈴木氏には、バッハの演奏に貢献した演奏家に送られる「バッハ・メダル」も贈呈されています。

今回の演目は、バッハではなくてヘンデルでしたが、演奏を聴いた感想は、ひとことで言って「worshipとは、こういうことなのか」ということ。じかに体で感じました。声が、そして響きが天とつながっている、そこには礼拝堂が見えていました。

声の力強さの素晴らしさだけでなく、ストリングスの天使の囀り、深い哀切がひとつのキリストという救い主の物語を雄弁に語っていました。

特に鈴木雅明氏の弟で、チェロを弾かれた鈴木秀美氏の峻厳な音は心に残りました。

日本人には、こういった宗教色の強い曲は、その精神性を掴むことができないのではないかと思っていましたが、信仰のオーラのようなものが確かにその響きの中にはありました。鈴木氏も知恵深い神父様のような佇まいでした。

まさに聖なる御子が生まれる前夜、その誕生を祝福する第1部から、受難の第2部、そして復活の第3部と音楽は大河のごとく流れていきました。

演奏後に鳴り止まぬ拍手に応えて、アンコールでクリスマス・メドレーを歌ってくれました。こちらもアカペラで「生の声ってこんなに共鳴するんだ」と驚かされました。

またぜひ聴きたいバッハ・コレギウム・ジャパンです。いままでコニコが聴いた中で最高の「メサイア」でした。

追伸:コニコの間抜けなこぼれ話

今回のコンサートでは、1部と2部の間に休憩があって、大好きなコーヒーを飲みました。2部と3部の間は休憩なしだったのですが、トイレに行きたくなり、速攻で行けば間に合うと思いきや、「一度ホールを出たら、3部がおわるまで中に入れません。ロビーのモニターにてご鑑賞ください」って案内係の人に言われてしまいました。「え~、まあ~、ショックすぎる~!!!」と係の人に言い募り、なんとか2階席の後ろに立ち見で入れてもらいました。せっかくS席買ったのに、間抜けな話です。でも、一番後ろでも、音の響きは最上でした。生を聴けてつくづくよかったと思いました~♪皆様、演奏会では途中で席をはずすのは気をつけましょうって、皆はご存じですよね、トホホ。

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2012年12月24日 (月)

メリークリスマス♪

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ホッホッホ♪メリークリスマスsnowパンのサンタさんからごあいさつ。

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働きもののサンタさんもプレゼントの袋を担いでおいっちにpresent

このケーキは、なっ、なんとコニコがくじで当てたデコレーション・ケーキです。メリーでスイートなクリスマスnotesみなさんもステキなひとときをお過ごし下さいheart

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2012年12月23日 (日)

聖なるヴァイオリン

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ディズニー・シーに行った友だちが、ヴァイオリンの写真を送ってくれました。ショー・ウィンドウに飾られたヴァイオリンですが、天使たちが一緒に写っていて、聖なる音色が聞こえてきそう♪ 聖なるヴァイオリンみたい。私のヴァイオリンは“もぐら”ですが、がんばりますcoldsweats01

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2012年12月22日 (土)

ヴォーチェス・エイト

2年前のラ・フォル・ジュルネで知った実力派のアカペラ・グループ、ヴォーチェス・エイトの歌声を聴きに、王子ホールまで出かけました。今回はクリスマスの時期にちなんだプログラム。身も心も聖なる夜を感じさせてくれるホーリーな歌声でした。静寂な歌声を聴かせるヴォーチェス・エイトは、ウェストミンスター寺院聖歌隊出身たちで結成されたグループで、男性6人、女性2人。男性の2人がカウンターテナーで、そのハーモニーは、教会の尖塔を抜けて天まで届きそうでした。

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こういう音楽を聴くと、ヨーロッパでクリスマスを過ごしてみたいなって激しく思います。メンバーのひとり、ポールが一生懸命、日本語で曲の解説をしてくれたのも、大いに好感が持てました。

アンコールの「ジングル・ベル」もユーモアが効いて、イギリスでの子どもの頃に聞いていたであろう、彼らの姿が浮かんできました。最新のXmas・アルバムにサインをしてもらって、ほっこり。コニコの“銀座のHoly Night!”でした。

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2012年12月20日 (木)

「私小説」

前から気になる作家だった水村美苗さんの小説を読みました。以前、評論の「日本語が亡びるとき」をレビューしましたが、こちらはどっぷり『私小説 from left to right』で、1995年野間文芸新人賞を受賞している作品です。

タイトルからわかるように、日本語の文芸書では掟破りの横書きです。その理由は、日本語にところどころ英語がまじるから。でも、実はもうこういう日本語の横書きって、ブログやインターネットの世界では違和感なしで起こっていることなんですよね。この本のすごさは、17年前に横書きをしぜんにやっていることです。そしていまでも刺激的。

ところどころに出てくる英語に訳は全然ついていなくて、話はふつうに続いていて、それが主人公の日本とアメリカとで揺れる感じにもつながっていて面白い雰囲気でした。あの映画「Lost in Translation」も英語の会話のあいだの日本語をあえて訳していない感じに似ています。

この本のキーは、姉との電話ですが、その会話も印象的。そして、母との距離もなにか身につまされるものを感じさせます。主人公、その姉、母の三人三様の性格と生活が浮き上がってきて、過去で交差し、現在に点在する孤独をかこっている――主人公は、書くことを手がかりにして一歩踏み出していこうとするそのラストが印象に残ります。

この主人公が関わるアメリカの2人の先生の姿、ことばも忘れられないものでした。一人はユダヤ人のMadame Ellman先生。

もっとも強く打たれたのは、Madame Ellmanにとってはふるさとというもののみならず、母国語というものも大して意味をもたなかったということであった。(p,378)

そして、“Home is not a place to return to” という言葉を残しています。もうひとりが主人公の指導教授Bic Macのこと。

日本語の世界も英語の世界もよく知っている彼は、言葉が人間を創ってしまうのを知っていた――というより、言葉そのものが世界を創ってしまうのを知っていた。
 翻訳者として名高い彼は言語の翻訳可能性を容易に否定するようなところにはいなかった。翻訳の可能性の限界を地道に掘り起こし進んでいるからこそ、言語の本質にある、他の言語に還元できない固有性を慈しんでいるのにちがいない。実際、彼は日本語を慈しむだけでなく英語をも慈しんでいるのが感じられた。(p.383)

母国語や何語と限定することなく、言葉への慈しみが深く感じられる文。言葉への想いを、自らの“私小説”という言葉でつづっていくしかないという切実感も伝わってきました。これから注目したい書き手です。水村さんの小説、今度は「本格小説」を読んでみることにします。

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2012年12月14日 (金)

Xmasの街は♪

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抽選によく当たるコニコは、サントリーホールで行われたコンサートに当選。6年前の「のだめカンタービレ」のエキストラを思い出しますわ。今回は、母と一緒にアークヒルズまでお出かけしてきました。サントリーホールのXmasリースも豪華でしょ♪

サントリーホールの前は、シンプルですが、神聖な感じのイルミネーションが輝いて、きれいでした。

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2012年12月13日 (木)

ドライ ドライのアイである

皆様、お元気でいらっしゃいますか?お風邪などひいておりませんか?

コニコは、この冬の乾燥に負けてしまいました。のどはいがらっぽいし、目は乾燥でひどいドライアイになってしまいした。

あまりの乾燥に加湿器を買ってきました。

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ジャ~ン。3千円ほどで手頃なものが買えました。部屋に蒸気が上がっているのを見て、もう目が潤ってくる気がします。

ああ、なんといっても元気がいちばんです。どうぞ皆様お風にお気をつけてgood

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2012年12月 9日 (日)

小津安二郎のことば

佐藤忠男著「小津安二郎の芸術」にこんなくだりがあるそうだ。

ぼくの生活条件として、なんでもないことは流行に従う。重大なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従うから、どうにもきらいなものはどうにもならないんだ。だから、これは不自然だということは百も承知で、しかもぼくは嫌いなんだ。そういうことはあるでしょう。嫌いなんだが、理屈にあわない。理屈にあわないんだが、嫌いだからやらない。こういう所からぼくの個性が出てくるので、ゆるがせにはできない。理屈にあわなくともぼくはそれをやる。」

「いやなものはいやだ」と言って芸術院会員への推薦を断ったのが、内田百間。
その百間の師である夏目漱石は、文部省からの博士号を「いらないものはいらない」と断ったたという。

含蓄のあるエピソードだ。しかし、それも天才たちにゆるされたことなのだろう。普通の人は唯々諾々、いやなものをいやとはなかなかいえない。

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2012年12月 7日 (金)

映画「天地明察」

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図書館に予約した本がようやく手元に来て読み終えたのと、劇場でロードショーが終わってしまうのがほとんど同じタイミングでした。なんとしても本を読んでから映画を観たいと思っていたので、必死に読んで何とか初志貫徹できました。あなたは、“原作が先”派ですか?“映画が先”派ですか?

私は、映画キャストの先入観なしで登場人物を思い描くのが好きなので断然“原作が先”派なのです。今回も、「渋川春海役は誰がいいかな~」なんて考えながら読んでいました。コニコの一押しは、田中圭さん。

さて、映画の方の実際のキャストは、岡田准一さんが主役を張っています。嫌いではない俳優さんなので、違和感はありませんでした。監督は、「おくりびと」の滝田洋二郎氏。

文字で表されていた出来事が映像としてリアルに展開していくわけですが、なんせ地道な研鑽の日々を辿っていくので、ちょっとテンポが難しかったのかもという気がしました。ひとことでいうと長かった。

本の中で、好きな場面、北極出地の旅をどう描いているかが楽しみにしていたところ。この旅に随行する建部殿(笹野高史)と伊藤殿(岸部一徳)の人柄がもう、良すぎて大好きです。映画でもこの二人は名優が演じているため印象に残るシーンでした。もっとお二人の出番があったらよかったのにな~。日本をめぐる487日、距離にして1270里の見せ方は、富士山のシーンが圧巻でした。

要になる人物、保科正之は松本幸四郎、水戸光圀は中井貴一と手堅いキャストです。ただ、囲碁のライバル、道策の役がジャニーズの後輩、横山裕くんで、真面目な役をやっていてもちょっと場面が締まらないのが今ひとつでした。

改暦の偉業を成し遂げる、その苦労をいかにリアルにドラマチックに描くか、むずかしいものだと感じた次第。原作のことばの力が素晴らしかっただけに、特に脚本作りの大変さがしのばれました。

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2012年12月 6日 (木)

秋の絨毯

寒さが厳しくなってきたこの頃、街で見かける銀杏が今日は一段と目がさめるほどに黄金に輝いていました。桜の花吹雪のように、その黄金の葉がひらりひらりと落ちて道をうめつくしました。

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散歩をしていた子どもたちは、空にひらめく銀杏の葉に大喜び。秋が降って絨毯になりました。

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2012年12月 5日 (水)

「ファミレス」の料理 ふたたび

日経の夕刊に連載されている小説「ファミレス」(重松清作 251回)には、ときどき作ってみたいな~と思わせるレシピがあるって前にもご紹介しましたね。あの「ドンタマ」。今回も実は作ってみたいなどというほど、手の込んだものでなく、“ひと手間かける”というていどなんですが、これが簡単で美味しそうなんです。

1.「簡単ピザおつまみ」
ギョーザの皮にカニとピザ用のチーズをのせてオーブントースターで焼いたお手軽ピザ

2.「焼きポテトサラダ」
お惣菜売り場で売っているポテトサラダにカレー粉とマヨネーズを加えて混ざ直し、耐熱容器に入れてオーブントースターで軽く焦げ目をつけるだけ。ホットドッグのパンに挟んでトーストしてもいい。

これからのパーティー・シーズンでおウチ・パーティーに活躍できるレシピかも。2の焼きポテトサラダは、応用してお惣菜の唐揚げとか、マックのチキンナゲットをいっしょに入れたりしたら、もうメインにもなってしまうそうです。

こういう簡単メニューは毎日なにを作るか悩む人には強い味方です。

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2012年12月 3日 (月)

11月の読書のまとめ

2012年11月の読書
読んだ本の数:6冊


私小説―from left to right (ちくま文庫)私小説―from left to right (ちくま文庫)感想
前から読みたかった水村美苗さんの小説を手に取りました。気持ちが揺れて日本語と英語がゆらめくような――文字通り、from left to rightという形式もそんな気持ちが浮き出てきている気がしました。アメリカの凍てつく夜にlong distance callをかけ続ける彷徨える姉と妹の欝とした気持ちが伝わってきます。彼女たちを取りまく“アメリカ人”の描写も東海岸の生活の厳しさ、孤独さを誘います。水村さんの乾いた冷静な視線に惹きつけられました。
読了日:11月25日 著者:水村 美苗

天地明察(下) (角川文庫)天地明察(下) (角川文庫)感想
「頼みましたぞ」という期待に「頼まれました」とすっと答える春海どの。貴殿に改暦を託して逝った夢追い人たち、そしてか弱き妻、‘こと’のことを思うと胸が熱くなり申す。見事、偉業を果たされ、大願成就されましたな~。 などと、声をかけたくなる結末でした。 幸せな一生でござったのお。
読了日:11月17日 著者:冲方 丁

天地明察(上) (角川文庫)天地明察(上) (角川文庫)感想
冒頭の文が、粋だ。「幸せだった」である。渋川春海どのの若き研鑽の日々が読んでいて清々しい。 この若者を支える識者たちも天晴れな人格者である。天の星を夢見る地上の星たちに、はてしていかなる運命が待ち受けるか、とくと続きを拝見つかまつる。
読了日:11月13日 著者:冲方 丁

ブルーノ・タウト - 日本美を再発見した建築家 (中公新書)ブルーノ・タウト - 日本美を再発見した建築家 (中公新書)感想
日本で活躍した外国の建築家の中でも、実際に残っている建物、熱海旧日向別邸ひとつしかないのは残念だ。もう少し長生きをされたら、フランク・ロイド・ライトのように日本でももっと著名だっただろう。58歳で亡くなったのはいかにも早い死だったと思う。
読了日:11月12日 著者:田中 辰明

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)感想
衝撃パンチをくらったような読後感。それもじわじわ効いてくるボディブローのような感覚。各章がモノローグの“告白”の形になっている。芥川の「羅生門」ではないが、ある時間に起こった出来事がどういう言葉で綴られていき、連鎖していくか、目が離せなかった。巻末の映画監督、中島氏のインタビューに「本に語られている言葉を全部信用していいか」という問題が書かれていて、告白している登場人物が意識的にせよ、無意識にせよ、嘘をついているかもしれないという視点が面白い。 ぜひ映画も観てみたい。
読了日:11月7日 著者:湊 かなえ

ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中) (新潮文庫)ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中) (新潮文庫)感想
ハンニバルの怒涛の攻撃は、読んでいるものに息をもつかせない勢いだ。ローマ人の負けじ魂と人材の厚さも大したもの。何より、塩野さんの筆致がさえる。 ロー城壁まで迫ったハンニバルの“散策”は、まるで映画のクライマックスを見ているようだった。白馬を駆ける36歳のカルタゴの武将、ハンニバルがあざやかに想像できた。 続きが楽しみ。
読了日:11月6日 著者:塩野 七生

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2012年12月 2日 (日)

「天地明察」(上)(下)

2010年の本屋大賞をとったときから読みたかった本、またしても2年遅れの読書です。

時は江戸時代。碁をもって徳川に使える“四家”、御城の碁打ち衆のひとり安井算哲、また一方で渋川春海とも名乗った男が、夢と勝負をかけた改暦の物語。

律儀で清々しい。何百年も前の日本に天を仰ぎ見て研鑽を重ねた男たち、それを支えた女たちが活き活きと描かれています。さらに面白かったのが、描かれる時代の文化や政治の元になったシステムでした。

たとえば、神道の柏手です。

左手は火足(ひたり)すなわち陽にして霊。
右手は水極(みぎ)すなわち陰にして身。
柏手(かしわで)とは、陰陽の調和、太陽と月の交錯、霊と肉体の一体化を意味し、火と水が交わり火水(かみ)となる。柏手は身たる右手を下げ、霊たる左手へと打つ。己の根本原理を霊主に定め、身従う。このとき火水は神に通じ、神性開顕(しんしょうかいげん)となって神意が降りる。
 手を鋭く打ち鳴らす音は天地開闢の音霊(おとだま)、無に宇宙が生まれる音である。それは天照大御神の再臨たる天磐戸(あまのいわと)開きの音に通じる。(「天地明察』(上)文庫 135ページ)

なるほど、柏手を何にも意味もわからずに打っていましたが、ふか~いいわれがあったのか、と膝を打ちました。

そして、春海が導かれるように突き進んでいく改暦の事業の重さ、社会にもたらす影響の大きさというものも、気づかされた次第です。「今日が何月何日であるか。その決定権を持つとは、こういうことだ。宗教、政治、文化、経済―全てにおいて君臨するということなのである。」(「天地明察」(下)文庫85ページ)“たかが暦、されど暦”なのですね。

夜空の星が澄んで心地よい12月。一途な人生をおくった春海の物語をたどるのにいい時期かもしれません。このお話、好きです。

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