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2013年2月の記事

2013年2月25日 (月)

あっぱれ北斎!光の王国展

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去年の今頃、銀座に観に行った「フェルメール 光の王国展」と同じ場所で、いま、北斎の「富嶽三十六景」46点と「諸国瀧廻り」8点を初刷りをもとにリ・クリエイトしたものが展示されています。題して「あっぱれ北斎! 光の王国展」(3月31日まで)

特に注目は、フェルメールでもあざやかだったブルーが、同じように北斎もふんだんに描かれている点です。北斎の場合は、ペルージャン・ブルーという藍色で、墨色とはまた違う風情がありました。

さらに、今回はちょっとした趣向があって・・・貸切状態だったんですよ。というのも週末限定の“北斎ナイト”というものに参加したんです。毎週金・土の夜限定で20名のみのイベント。通常の展示の他に「春画展示室」を特別公開してくれ、学芸員のガイドまでついているという面白い企画です。ゆったりと浮世絵を楽しんで、なかなか見られない春画の解説まで聞いちゃいました。春画と聞いて、自分もふくめ、どんな人がくるのか、ちょっとドキドキでしたが、申し込んだ人は一見フツーな感じの人でしたよhappy02 

北斎の時代の春画には名前が記されていないそうです。なので、展示のものは、もしかしたら、北斎の娘、お栄のものかもしれないとのことでした。こちらは、春画だけでなく、ちゃんとした物語になっているというのが新鮮でした。それも、その話には擬音語が多いという特徴があるとかで、展示物にも「アレ~」とかカタカナで書いてあって、おもしろいこと!

学芸員のガイドだけでなく、iPad miniのデジタルガイドも付いていたのですが、なかなか使い勝手がわからず、こちらはあんまり使いこなせませんでした。ただ、「富嶽三十六景」の画ごとにどこを描いたのかがわかる地図を参照できたのは便利でした。

例によって、帰りには「富嶽三十六景」の珍しいクリアファイルを手に入れて帰りました。北斎の不二はいいですね~。

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2013年2月23日 (土)

DQNネームあらためキラキラ・ネーム

お久しぶりです。バタバタとしていてブログをさぼってました。

で、今日はちょっと驚いた話。DQN(ドキュン)ネームって、聞いたことがありますか?ウィキによると、「子供の名前に見られる、暴走族のような当て字や漫画・アニメ・ゲームなど架空のキャラクターからとった当て字の名前のように、読みづらい名前や、常識的に考えがたい言葉を(戸籍上の)名前にすることをDQNネームと呼ぶ場合がある」っていうこと。でも、いまでは、こういった名前をつけた親御さんから「DQNとはひどい」とクレームがあり、“キラキラ・ネーム”といわれているそうですが・・・

で、最近聞いた話で、“星の玉子様”と書いて“ほしのおうじさま”と読ませるとか、“花子”と書いて“ふらわぁ”と読ませる名前があるとか。また読み方は“ようこ”と一見フツーなのに字が”妖狐”と書くなんていうのもあるそうで、びっくりします。

さらに、「これだけ荒唐無稽な名前ばかりだと、おばさんやおじさん時代でフツーだとされる名前でオカシイと思われたりして」といったら、実際に“良介(りょうすけ)”という名前で、「おじさんくさい」といじめに合っている小学生がいるとか。

ちょっとびっくりというか、あきれてしまいました。わたしがおばさんだから、こういうふうに感じるのかしら?う~ん、不思議な名前すぎますwobbly

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2013年2月15日 (金)

いちごフェア @スワンカフェ

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いま、いちごが美味しい季節ですね♪前にご紹介したスワン・ベーカリーの姉妹店、スワン・カフェで、いちごフェアをやっていました。

いちごパルフェ、いちごタルト、いちごミルフィーユを友人と食べました。いずれも飲み物がついてセットで700円。美味しいデザートとおしゃべりときたら、時間の経つのも忘れてしまいました。今日は、雪が降らなくってよかった~。おしゃべりしていて、雪のため、電車が止まったりしたら大変でしたもの。

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2013年2月14日 (木)

「今なお生き続ける生命としてのストラディヴァリウス」by福岡伸一

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コンサートに行くと入口で、これからのいろいろなコンサートのチラシをもらいます。先日も6月に行われる「ストラディヴァリウス サミット・コンサート2013」のチラシをもらいました。2年前に行ったコニコがノックアウトしたコンサート、また行けたらいいなと思いますが・・・このコンサートのチラシは、A3版の豪華なもので、分子生物学者の福岡伸一氏が解説文を書いておられました。

「フェルメールと同じ時代に生きたストラディバリウスが、前者が、光の粒が関数として絶えず動いていることを知り、それを自在に描き、絵の中に時間を描いたように、後者も、音が楽器の中で時間を作り出すことを可能にした」ということを書いています。そして、こう続きます。

フェルメールの光を、いまだに誰も超えることができないように、ストラディヴァリウスの音を、その後の技術は超えることができない。なぜならそれは、フェルメールの光もストラディヴァリスの音も、最初から動的なものとして作られ、絶えず息吹を吹きこまれ、温度を受け入れ、記憶を更新し、解釈されつづけるもの、つまり生命的なものとしてこの世界に生み出され、今もなお生き続けるものだからである。

だからこそ、この稀有の楽器の生の音に触れることは、そのまま、長い歴史の移ろいと、そこに流れるみずみずしい生命の振動を体感する稀有の時間となる。(チラシより)

さすが福岡先生です。フェルメールとストラディヴァリウスを絡めて、動的平衡の理論にもっていくなんて。この文を読んでいると、“稀有の時間”を聞き逃したくないという気になります。行っちゃおうかしら~?迷うコニコでした。

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2013年2月13日 (水)

「ローマ人の物語」から学ぶこと

去年の5月から塩野七生さんの「ローマ人の物語」を少しづつ読んでいます。人間の栄枯盛衰を壮大に描いた歴史物語を5巻まで読み進んで、深く感じ入ることがらが少なくありませんでした。

「これは覚えておきたいことだ」と思っていてもすぐ忘れてしまう私なので、その中でも心に留めておきたいことをいくつか引用しておきます。

高齢者だから、頑固なのではない。並の人ならば肉体の衰えが精神の動脈硬化現象につながるかもしれないが、優れた業績をあげた高齢者にあらわれる、頑固さはちがう。それは、優れた業績をあげたことによって、彼らが成功者になったことによる。年齢が、頑固にするのではない。成功が、頑固にする。そして、成功者であるがゆえの頑固者は、状況が変革を必要とするようになっても、成功によって得た自信が、別の道を選べせることを邪魔するのである。ゆえに抜本的な改革は、優れた才能はもちながらも、過去の成功には加担しなかった者によってしか成されない。しばしばそれが若い世代によって成しとげられるのは、若いがゆえに、過去の成功に加担していなかったからである。(「ローマ人の物語」5巻22ページ)

歳をとるにつれて、考えが膠着していくことは否めませんが、特に成功を味わった人が頑固になっていく弊害を端的に言い当てているのが明察。

また、塩野さんのいろいろな角度からの歴史的アポローチも鋭いと思わせるのが、言葉についてです。ハンニバルがイタリアからカルタゴに帰国命令を受けた時に、ギリシア人が建てた美しい神殿の祭壇に彼のこれまでのすべての戦果を銅板に刻ませたとあります。その言葉がカルタゴの言語、フェニキア語と、もうひとつがギリシア語だったというのです。なせラテン語でなく、ギリシア語だったか?その推測として、塩野さんは、当時のギリシア語が、現代の英語に該当したのではなかったかとしています。

ローマ人は、第二次ポエニ戦役の後には制覇することになるギリシア人に、文化的にはかえって制覇されたから、ギリシア語を第一外国語として師弟に習得させたのではなかった。後世のヨ-ロッパ言語の手本にもなる完璧なラテン語ができあがった紀元前一世紀になっても、ローマ人のバイリンガー傾向は少しも衰えていない。当時の彼らは、世界の支配者であった。それでもなお、ギリシア語圏に住む被征服民族に、ラテン語習得を強制していない。彼らのほうが、敗者の言語であるギリシア語習得に熱心であったのだ。(同署55ページ)

古代西洋の世界語がギリシア語であり、やがて中世にはラテン語に移行していったことが垣間見られて面白いですね。

また、カルタゴ滅亡の時にローマの勝将であるスキピオ・エミりアヌスが、敵の運命を想って涙を流したというくだりも心に残ります。

勝者であるにかかわらず、彼は想いを馳せずにはいられなかった。人間に限らず、都市も、国家も、そして帝国も、いずれは滅びることを運命づけられていることに、想いを馳せずにはいられなかったのである。トロイ、アッシリア、ペルシア、そしてつい20年前のマケドニア王国と、盛者は常に必衰であることを、歴史は人間に示してきたのだった。
(同著199ページ)

まさに舞台「トロイアの女たち」で繰り広げられた光景――街は焼かれ破壊され、人は殺され奴隷として売られていく。繰り返される繁栄と没落に涙する想いは、昔も今も変わらないことが心にしみてきます。

6巻以降は、ローマが一段と栄えていく物語になるでしょう。その歴史をまた少しづつたどっていきたいと思います。

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2013年2月12日 (火)

映画「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(The Best Exotic Marigold Hotel)

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友人から薦められ、日経の夕刊にも褒めてあった映画「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」を観てきました。芸達者の俳優たちがそろい踏み。監督も調べてみれば、コニコの大好きな「恋におちたシェイクスピア」(1998年)や「コレリ大尉のマンドリン」(2001年)を撮ったジョン・マッデン氏だとわかり、期待度は高まります。

物語のはじまりは、人生にくたびれた熟年のイギリス人7人が新天地を求めてインドの夢の滞在型マリーゴールド・ホテルに行き着きますが、そのホテルの実態は…

マリーゴールド・ホテルの若き支配人ソニーのドタバタと、ホテルに仕方なく滞在する羽目になった7人の熟年たちのペーソスの効いた暮らしぶりがテンポよく進みます。

何といっても、ジュディ・デンチの存在感が、画面いっぱいに感じられ、すごいこと。彼女が演じるイヴリンが、活気あるインドの地で、人生初の就職をするシーンにも、すっかり惹きつけられました。そのお仕事が、高齢者向きの商品を販売する電話オペレータ―へのアドバイザーというもので、イヴリンの心の込もったアドバイスはさらに人の心を惹きつけずにはいられませんでした。

それにもうひとりの「デイム」の称号を持つ女優、マギー・スミスも、人種差別まるだしの嫌な役を見事に演じていて素晴らしいです。このお二人の名演技を見るだけでも、観る人の背筋をシャキっと伸ばすような価値あるものがあります。

インドのエネルギーもこの映画の魅力ですね。ソニー役のデヴ・パテルは、「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)の主役ジャマルを演じた俳優さんです。今回は、思いっ切りはじけてコメディアンに徹していてよかったわ~。

今までの生き方をふり返り、これからを思うとき、何かしらのヒントになるものが見つかるかもしれない素敵な映画でした。

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2013年2月11日 (月)

「東京物語」と「東京家族」

去年の秋頃、小津安二郎監督の「東京物語」をテレビでやっていたので懐かしく観ました。この映画は、小津作品の中でも「晩秋」についで好きな映画で、20代から何度も観てきた作品です。原節子さんの瑞々しさに惹かれていた頃から、ずいぶん見方もかわって、今は杉村春子さんが演じる、ちゃっかり娘に自分を投影してしまいます。そのうち東山千栄子さんの母親役にすっかり感情移入するようになったり…でしょうね。

物語は、田舎の老夫婦が東京にいる成人した子どもたちを久しぶりに訪ねるというたわいもなくおだやかな話です。ささやかな日常がユーモラスに描かれます。親を大切に思う想いはあっても、いつも後回しになってしまう子どもたち家族――仕方がないけど、誰にでも起こる親との切ない別れがやってくる家族の物語です。

笠智衆さんの父親役と、原節子さんのお嫁さん役が、わたしの日本の家族の心象風景になるくらい印象的な名作です。

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そんな作品「東京物語」への熱いオマージュになっているのが、山田洋次監督の「東京家族」です。山田監督50周年記念作品として制作したことからも、その想いがいかに大きいかが伺えます。「東京物語」では戦死した次男(その未亡人を演じるのが原節子さん)が、「東京家族」では、生きていてフリーターのような役で、妻夫木くんが演じています。そして、その恋人役が蒼井優さん。配役がそっくりだけでなく、何だか撮り方まで小津監督を思わせるようで、「あ~、昭和だな」と懐かしくなりました。冒頭の縁側がある長男の家のシーンなど、微笑ましくなりました。

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「東京物語」が1953年配給だったので、「東京家族」は60年経った今の日本の家族を描いているとも言えますね。日本の家族を撮り続けてきた山田監督が、変わらない日本の家族の想いと、変わってしまった現代の家族のあり方をじっくりと描いていました。わたしの心情的には、父親役の橋爪さんを笠智衆さんと比べてしまって、落ち着かないところはありましたが、心に響く映画でした。

妻夫木くんと母親役の吉行和子さんのシーンは、切羽詰った若者のしんどさ、父親への反抗と、母ののんびりと包み込むおおらかさとが絡み合って、印象的なものでした。

「東京家族」を観て、また「東京物語」、観たくなりました。小津監督から、60年後の山田監督へバトンが渡されて、また60年後に絆いでいく日本の映画監督がいることを願わずにはいられません。

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2013年2月 6日 (水)

1月の読書まとめ

おくればせながら、1月の読書をまとめてみました。慌ただしい年末年始に8冊読めたのは、自分でもなかなか頑張ったと思います。
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①いかにもオスカー・ワイルドらしいアイロニーの効いた短編集。そして、もちろんこのシリーズお決まりのボルヘスの序文もアイロニーが効いている。「ワイルドのメッセージ、彼の無敵の幸福が、われわれの記憶の中に、ちょうどあのデンマークの王子のような悲劇のダンティーとしての彼の姿を、消えることなく刻印しているのである」という文が心に残る。「カンタヴィルの幽霊」が幽霊の視点からの幽霊物語で楽しい。
②洋書のような装丁で、ムムッ、「高慢と偏見、○○」なんでしょう!この本って感じでしたが、どっぷり楽しめました。オースティンへの心のこもったオマージュが感じられます。原文だとさらにオースティンらしさがあるのではと推測できますが、ダーシーはじめ、人物描写がすばらしい。それぞれの登場人物のセリフや行動に妙に説得力があって、読んでいて嬉しくなってきます。「説得」と「エマ」のスパイスも少々あり、オタク的な喜びも!初P.D.ジェイムズ本でした
が、他のミステリーも読んでみたくなりました。

高慢と偏見、そして殺人〔ハヤカワ・ミステリ1865〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
P・D・ジェイムズ

③小川さんの本は、ひっそりと、でもしっかりと忍耐強く生きている人たち、物たちを実に丁寧に描いているな~、と感じ入ってしまう。時として、その視線は標本をみるような客観性があるのだけれど、同時に見守っていく眼差しでもあり、読後にはともに幼い頃のアルバムをめくったような懐かしい気持ちになる。全体がゆるやかにつながっている連作短編。「遺髪レース」の余韻がいい。

④日経新聞の「私の履歴書」を読んで、米沢氏のエネルギッシュな生き方に圧倒されました。さらにこの方の磁力に引かれてこの本も一気に読みました。もっとも心に残った言葉は、米沢氏のモットーだという“自分の可能性にあらかじめ自分で限界を引かない”というものです。これも最愛の夫の「できないわけはないだろう」という言葉からきているのだと思うと、本当にこの夫婦はお互いのベターハーフだったのだな、と思えてきます。素晴らしいお二人に乾杯!
⑤過去の輝きが、「オペラ座の怪人」のように色づいていくことはないのに、それを夢見る母、そして屈折した似非坊ちゃんの弟。ゆがんで壊れている家族たち。日常からはなれた一泊の旅行に奈津子は、過去と今を凝視していきます。彼女の“あの生活”を良くも悪くも否定しない気持ちにさせた夫、太一の聖なる屈託のなさに光をみる想いです。
⑥人間観察を注意深く続けて、発する言葉を選んでいくと、自分の心も他人の心もうまい具合にわかっていくのでは、という論が具体的な例で示されていて興味深かった。そうした洞察力が“自分の思うようになる”生き方につながるという考え方が、アランの「幸福論」で述べられていることと似通っていて、面白いと思った。
⑦「読書の技法」というタイトルに惹かれて手に取ってみた。はじめて佐藤優さんの本を読んだが、まさに「読書道」という感じのストイックさだ。読書ノートをつけるなど、参考にしたい点が多々あるが、とても同じやり方で読書をしていけるとは思えない。この方の一日のスケジュールをみてビックリ。ほとんど寝ていない。ちょっと常人ではないと思った。

⑧孤高の戦士ハンニバルを輩出したカルタゴの滅亡に、胸を突かれた。先日観た「トロイアの女たち」の奴隷にされた人々の姿と重なる。カルタゴを倒したスキピオ・エミリアヌスがカルタゴの運命を想って涙を流したという記述がさらに切ない。彼は、人間にかぎらず、都市も、国家も、そして帝国も、いずれは滅びることを運命づけられていることに、想いを馳せずにはいられなかったのだ。「わたしの胸を占めているのは勝者の喜びではない。いつかはわがローマも、これと同じときを迎えるであろうという哀感なのだ」という文は最も心に残った。

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2013年2月 5日 (火)

映画「その名にちなんで」

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2006年にロードショーされた映画「その名にちなんで」を借りて観ました。この原作のジュンパ・ラヒリの本を読書会で読んでみてはどうかしら、と思って映画化された「The Namesake」を選びました。

2時間という映画の中に、冠婚葬祭が全部入っているドラマでした。といっても、ドラマチックでハラハラというより、淡々と温かな気持ちで時は流れていき、その穏やかさが観ていてしみじみと心にしみました。

主人公アシュケは、若い頃、汽車の事故で九死に一生を得て、その後の人生を“恵”として生きていくことになります。助かった時に読んでいた本と言葉に導かれて、アシマと結婚し、授かった男の子の名前がゴーゴリ・・・・

アシュケは、限りない寛容と優しさで彼の家族を包み込みます。インドの親や親類を想うアシュケとアシマ夫婦。アメリカ生まれ&育ちの子どもたち、ゴーゴリとソニア。インドのカルカッタとアメリカのニューヨークの空気が風のようにゆらゆらと流れ、つながっていく映像も異彩を放って、見る者の心に残ります。

いちばん印象的だったのが、結婚してはじめて暑いインドから雪のニューヨークに着いた部屋でのアシマの戸惑い、不安、孤独です。アシュケが仕事に行って部屋に取り残されたアシマが、インドの親たちに「元気でやっています」と健気に手紙を書くシーンは、なんとも泣けてきました。

アシュケとアシマの夫婦ようになれたらな~なんて、ふと思ってしまうコニコでした。

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2013年2月 4日 (月)

湯桶って深さが違うの?!

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先日、銀座にある交通会館に行ってきました。その地下にある富山県のアンテナショップで面白いものを発見。「テロマエ・ロマエ」にも出てきたケロリンの湯桶ですが、関西と関東では深さが違うんですって。

知らなくてもいいような薀蓄ですが、「へえ~」って写真を撮ってしまいました。関西版の方が1.7cm浅いんですね。ちなみにそのワケは、関西の方が湯船からかけ湯をすることが多いとか。深いと桶が重くなってしまうかららしいのですが、本当のところはわかりません。

もひとつ、ちなみにケロリンは、桶会社の名前ではなく、富山の薬売りの歯痛神経痛頭痛薬です。

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2013年2月 3日 (日)

お昼の名曲サロン~イタリア・イタリア・イタリア

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久々の王子ホールでの「お昼の名曲サロン」です。肩残らない気楽なお昼時の短いコンサートで、なんとコンサート前と後にコーヒーとヨックモックのクッキー付きという嬉しいサロンです。しかも今回のテーマは、イタリアなのです。

イタリアの作曲家、ロッラ、ロッシーニ、プッチーニ、ヴェルディと皆さん、イタリアのカンタービレのエキスパート。なれど、演目はどの曲もめずらしい曲ばかり。

ロッラという人は、ヴィオラ奏者で作曲家としては無名に近い人だったようです。今回は、短いながらも楽しいヴァイオリンとヴィオラの二重奏を聞かせてもらいました。

ロッシーニ、プッチーニ、ヴェルディの曲で、弦楽四重奏にベースを加えた五重奏で深みを持たせて、じっくりと聴かせてくれました。特にベルディの曲(弦楽四重奏 ホ短調)は、高い弦や低い弦が追いかけっこをしているように迫る切ないメロディーもあり、オペラ的とも思える曲でした。

ふつう、コニコは、弦楽四重奏などが立て続けにあると、聴いている方もかなり緊張してしまいます。が、メンバーの皆さんがとても気さくで、おしゃべりと即興で「誰も寝てはならぬ」など弾いてくれて、和やかな雰囲気も楽しめました。

長原幸太さん、佐久間聡一さん(ヴァイオリン)
鈴木康浩さん(ヴィオラ)
上森祥平さん(チェロ)
山崎 実さん(コントラバス)

来週も宮田大くんの「お昼の名曲サロン」がありますが、もう売り切れですって。残念~。

(*^-^*)またの機会がありますように。

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2013年2月 1日 (金)

愛妻の花ではありませんが・・・

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昨日が「愛妻の日」で、“奥さんに花を買って帰ろう”という記事を書きましたが、なんと昨日、バラ一輪、我が家にやってきました。

夫が買ってきたのでもなく、私がもらったのでもありません。娘の発表会があってお疲れ様的なお花をもらってきたのでした。

でも、娘がもらった花でも家に花があると和みますね~。いいわheart02

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