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2013年2月13日 (水)

「ローマ人の物語」から学ぶこと

去年の5月から塩野七生さんの「ローマ人の物語」を少しづつ読んでいます。人間の栄枯盛衰を壮大に描いた歴史物語を5巻まで読み進んで、深く感じ入ることがらが少なくありませんでした。

「これは覚えておきたいことだ」と思っていてもすぐ忘れてしまう私なので、その中でも心に留めておきたいことをいくつか引用しておきます。

高齢者だから、頑固なのではない。並の人ならば肉体の衰えが精神の動脈硬化現象につながるかもしれないが、優れた業績をあげた高齢者にあらわれる、頑固さはちがう。それは、優れた業績をあげたことによって、彼らが成功者になったことによる。年齢が、頑固にするのではない。成功が、頑固にする。そして、成功者であるがゆえの頑固者は、状況が変革を必要とするようになっても、成功によって得た自信が、別の道を選べせることを邪魔するのである。ゆえに抜本的な改革は、優れた才能はもちながらも、過去の成功には加担しなかった者によってしか成されない。しばしばそれが若い世代によって成しとげられるのは、若いがゆえに、過去の成功に加担していなかったからである。(「ローマ人の物語」5巻22ページ)

歳をとるにつれて、考えが膠着していくことは否めませんが、特に成功を味わった人が頑固になっていく弊害を端的に言い当てているのが明察。

また、塩野さんのいろいろな角度からの歴史的アポローチも鋭いと思わせるのが、言葉についてです。ハンニバルがイタリアからカルタゴに帰国命令を受けた時に、ギリシア人が建てた美しい神殿の祭壇に彼のこれまでのすべての戦果を銅板に刻ませたとあります。その言葉がカルタゴの言語、フェニキア語と、もうひとつがギリシア語だったというのです。なせラテン語でなく、ギリシア語だったか?その推測として、塩野さんは、当時のギリシア語が、現代の英語に該当したのではなかったかとしています。

ローマ人は、第二次ポエニ戦役の後には制覇することになるギリシア人に、文化的にはかえって制覇されたから、ギリシア語を第一外国語として師弟に習得させたのではなかった。後世のヨ-ロッパ言語の手本にもなる完璧なラテン語ができあがった紀元前一世紀になっても、ローマ人のバイリンガー傾向は少しも衰えていない。当時の彼らは、世界の支配者であった。それでもなお、ギリシア語圏に住む被征服民族に、ラテン語習得を強制していない。彼らのほうが、敗者の言語であるギリシア語習得に熱心であったのだ。(同署55ページ)

古代西洋の世界語がギリシア語であり、やがて中世にはラテン語に移行していったことが垣間見られて面白いですね。

また、カルタゴ滅亡の時にローマの勝将であるスキピオ・エミりアヌスが、敵の運命を想って涙を流したというくだりも心に残ります。

勝者であるにかかわらず、彼は想いを馳せずにはいられなかった。人間に限らず、都市も、国家も、そして帝国も、いずれは滅びることを運命づけられていることに、想いを馳せずにはいられなかったのである。トロイ、アッシリア、ペルシア、そしてつい20年前のマケドニア王国と、盛者は常に必衰であることを、歴史は人間に示してきたのだった。
(同著199ページ)

まさに舞台「トロイアの女たち」で繰り広げられた光景――街は焼かれ破壊され、人は殺され奴隷として売られていく。繰り返される繁栄と没落に涙する想いは、昔も今も変わらないことが心にしみてきます。

6巻以降は、ローマが一段と栄えていく物語になるでしょう。その歴史をまた少しづつたどっていきたいと思います。

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